堅香子 | 12(終)

 

 

医仙の名が余りに広まりすぎている。
隊長がずっと懼れていた事態に、陥ろうとしている。

隊長は医仙が諸刃の剣とご存じだった。
その剣、使いようによっては王様をも、そして医仙ご自身をも斬りつける事をきっと誰よりご存じだったに違いない。
恐ろしく切れ味鋭い刃の名は天の知識。その知識を欲する者は必ず手を伸ばす。

だからこそ隊長はその刀をどうにか鞘へと納めようとされた。
人目に触れぬよう静かに腰に着けて守り抜き、最後に宝刀を神殿へ納める如く天門からお帰ししようとしていたものを。
ここまでその宝刀の名が天下に広く知らしめられては、もう隊長お一人でどうにかなる問題ではなくなった。

現に今ご子息の治療を終え、この典医寺へとやって来た北の双城総管府、千戸長の李 子春殿ですらも医仙のことをよく知っておられるようだ。

「本来ならば、すぐに罷り越すべきが、公務に追われ、今日まで参れず」
そう言いながら大きな箱を、私たちの挟む卓の上、こちら側へとずいと差し出してくる。
私が受ける訳には行かない。
「これは、医仙に」

そう伝えればその声に嬉し気に
「医仙とは。奥におられるのですか」
お会いしたくてたまらぬと言った風情に、
「お目通り難しく」
不信感を持たれぬ程度にそう牽制を掛ける。途端に千戸長のその顔が落胆に曇る。

「私はお会いしました、父上」
横に立つあの若者がそう言って言葉を繋ぐ。
「本当にお美しい方で、まさに天の仙女と息を呑みました」

思い出したか虚空を見上げ若者らしくうっとりと頬を染めて話すその様子。
目の前の千戸長も、そしてそれを聞く私も少し微笑んだ。
「そうらしいですな。医仙の美貌と医術の話で開京は大騒ぎだ。
儂も総管府に戻り次第、医仙のことを土産話にしたい」

双城総管府への土産話。
双城総管府へ伝われば、それが元へと伝わるのは時間の問題だ。
「元の者たちも、腰を抜かしてうらやむであろう」

まさしく己の心配の的のそのまん真中を射るように、目の前の千戸長が言葉を重ねる。

医仙。あなたの名が天下に知れました。
あなたの医術が天下を揺るがしました。
これでは隊長も次の手を考えるしかない。
そして私も死ぬ気でお守りするしかない。

隊長。どうされますか。
ここまで広まった以上、もう敵は奇轍だけではない。
これからあの方に近寄る者全てに、何らかの思惑が必ずや潜んでいることでしょう。
どうやって避けて通りますか。
どうやって天門が開くまでの間を過ごされますか。

一体どのようにあの聞かん気の医仙を宥め、 大人しく日を重ね、人目から隠し通し、天門へお連れするのですか。
今やすっかり笑顔を失くした、あの医仙を。
私を見ても隊長を見ても笑顔一つ浮かべなくなった、ご自身の殻に閉じこもった医仙を。

医仙。
私はあなたの友として、そして同志として、そして男として、あなたに何をしてあげられますか。
あの明るい声を失い笑顔を失い、太陽の気を失い曇り空の向こう、心を固く閉じ震えるあなたを。
そのあなたを、どうすればもう一度、陽光の下へ連れ出してあげられますか。

あなたの今の心にある思いは何なのか。
あなたが話して下さらないならば、その心の壁を大槌を振るい上げて、打ち壊しても宜しいですか。
心を癒す者こそ医者である、その私の信念の元、あなたの隠れるその壁、打ち壊して宜しいですか。
許して、下さいますか。

いつの日かもう一度、あの笑顔を浮かべ
「もうみんな、むちゃくちゃなんだから」
そう言ってあの声で、高らかに笑ってくれますか。

皆待っております。
隊長も、私も、典医寺の皆も、恐らく迂達赤たちも、そして王妃媽媽も、畏れ多くも王様も。
それではいけませんか。足りませんか。もう一度あなたの笑う理由にはなりませんか。

言葉足らずは、隊長だけではない。
この己とて、あなたを笑ませる言葉一つ思いつくことができません。
それでも笑って頂きたい。あの声で。
空へと響く、何処からも聞こえる、あの明るく大きく朗らかな声で。

ですからどうぞ分かってください。皆があなたを待っていることを。
笑った後には、お泣きください。こんなに辛いことがあったのよと。
そしてどうぞお怒り下さい。こんな目に遭わせてひどいじゃないと。

あなたはあなたのままでいらっしゃればいいのです。
その心を隠すことなく、大きく開いていらっしゃればいいのです。
誰も隠せなどと言ってはいないのです。
ただ理由を知りたい、そして気鬱ならば取り除きたい、そう願い待っているだけなのです。

隊長は、あなたを守る一人の男として。
そして私は、共に歩む医の同志として。

不気味な足音の迫る不穏な空気の中、どうにかあなたを笑ませたい。
そしてあなたを安全に守りたい、その気持ちだけでは足りませんか。

足りませんか、医仙。それでは足りませんか。
それでも何処かへ逃げたいですか。
笑顔を忘れたまま、隠れてしまいたいですか。

隊長では信用できませんか。私では頼りないですか。
あなたは一体、何処へ行こうとされておいでですか。
私たちには、伝えることはできませんか。

千戸長たちの退室した窓の向こう。
医仙の私室のあるその棟を見ながら息を吐く。
医仙。あなたの救ったあの若者の話。
そして王妃媽媽のお怪我の話、慶昌君媽媽の凶事の話。

何故あなたはあの時、息を呑んだのですか。

先刻まで夢見るようにあなたの美しさと優れた医術を誉めちぎっていたあの若者は、一体誰なのですか。
あなたは何故あれ程動揺されていたのですか。
私には話せませんか。力にはなれませんか。
それほどにあなたにとり、頼り甲斐のない相手ですか。

何一つ答えの返らぬ自問自答。
こんな時には、手間のかかる薬草を摘むに限る。

時間を掛けて土を掘り、その根を地中深くに捜し、そこから僅かの鱗茎を探り当て、そっと掘り出す。
丁寧に洗い、多くの髭根を除き、搗いて水にさらし、静かにそっと搾り取る。
あなたの喜んだ、あの堅香子の粉。

料理に使ってみますか。それとも薬として用いますか。
もう一度喜んで、指を舐めて下さいますか。

そして少しでも、微笑んでみてくれますか。

 

 

【 堅香子 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

【 堅香子 】終了です。ヨンで頂き、ありがとうございました。

復活前のお話、これですべて完了です。
ようやく必要なキャラが、全て出て来てくれました。通常運転再開です。

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10 件のコメント

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    「堅香子」ステキでした。
    ドラマもボーッと観ていたつもりはないけれど
    さらんさまのお話で、あぁそんな深い気持ちが
    あったんだ、とストンと納得です。
    みんながお互いを思いやって辛いですよね。
    これからのお話も楽しみにしています。
    お体無理しないでくださいね。

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    私達の脳裏には映像が残っています。
    一人ひとりの人物の演技の奥の心模様を自分に与えられている想像力を持って理解しながら物語とともに歩んでいきました。
    そして、さらんさんの物語。
    さらんさんの物語には、さらに深い世界が生まれていました。さらんさんの生み出す一行一行にもう一度映像を重ねながら辿って行った今、私の中には言葉にならない満たされた思いがあります。
    作品がさらに心に染み入りました。
    ありがとうございました。
    これからの作品お待ちしています。
    お身体は大切になさってくださいますように。

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    さらんさんこんにちは。
    解りやすくつづってくたさり
    ありがとうございました(*^^*)
    総てのキャラを出すための作業とは
    抜かりないですね。
    通常にもどるとのこと
    ご自愛しつつボチボチいってくださいね。
    凄く楽しみにしてます。
    いつも素敵なお話をありがとうございます。
    ミノくんが今日でデビュー9周年に
    なりました。(*^^*)
    信義が今だ熱いことが
    なにより嬉しいです。

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    チャン先生目線のストーリーは大好きです~(*^^*)
    「六花」のチャン先生も好きですが、こちらはもう少し落ち着いた感じがして、私は好きでした。
    二次のお話の続きも楽しみにしてます☆

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    さらんさん、堅香子シリーズの全12話、拝読させて頂き、ありがとうございます。
    各回とも臨場感たっぷりで、ウンスやヨンはもちろん、彼らを取り巻く登場人物の心情が手に取るようで、ハラハラと気をもんだり、切なかったり…です。
    このあたりの二人は、本当に辛い時間を過ごしていましたよね。
    というか、ここからずっと切ないのですが。
    ですから、このシリーズを拝読しながら、ウンスとヨンが再会した後の、ちょっと甘いお話に寄り道させて頂いたりしています。
    さらんさん、今週は台風の影響で、天気が悪いようですね。
    体調にもご配意くださいね。

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    >muuさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり申し訳ありません…
    そうですね、この後からは怒涛でしたよね…
    最近、自分の中の【信義】熱というか【信義】movementみたいなものが
    ひと段落しつつあるのを感じ、
    次のこともいろいろ考えてはいるのですが、
    結局は【花男】が先か【相続者たち】が先か、になりそうですw
    ただ完全メンバー制で、PWで管理できるブログになりそうですが…
    そういうのも悲しいですが、難しいです(ノ_-。)
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >せーらさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり申し訳ありません…
    チャン先生、私も好きなのです。
    というか私はもしや、イ・フィリップ氏が好きかもw
    太王四神記、シークレットガーデン、いや~~んオッパ素敵!とw
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >愛知のひとみさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり申し訳ありません…
    そうだ、このコメを頂いて「えええ、もう9年!」と
    とても驚いた事を思い出したのでした・・・
    6月22日は、遠くアメリカからミノ氏に
    HAPPY BIRTHDAYを歌わねば(え何で
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >my starさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
    きっと皆さまお一人お一人の中に、それぞれ違うヨンやウンスやチャン先生がいて
    二次というのは、その最大公約数や、最小公倍数を探す
    そんな作業だったのだなあと、書く度思います。
    そんな皆さまの中のヨンを、全て見てみたいなあとも
    思ったりするのですが(*v.v)。
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >811059さん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
    過去話を書く度に思う難しさです。
    私の見る角度、皆さまお一人お一人が見る角度、
    それによって映る登場キャラたちの心模様やお話の視差。
    これはもうあくまでさらん解釈なので「えーこんな見方もアリか~」くらいで
    ヨンで頂けたら嬉しいです❤

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