堅香子 | 7

 

 

あの人が走り去った後、トクマンさんに付き添われて典医寺へと戻る。
あの人を殺す李 成桂を。
李氏朝鮮、500年続く韓国最後の王朝を築くその人を、私が手術した。
信じられない、まだ今も。それでもそれが事実なら。

あの人は私が李 成桂を助けたせいで死ぬのかもしれない。
放っておけば、死ななくて済んだのかもしれない。

ねえ、どうすればいい?
私がここにいるせいで、あなたの命を奪う人間まで助けて。
あなたにとっては、私は本当に疫病神かもね。
守られて戦わせて心配ばかりかけて、最後にはこれだもの。

戻った典医寺、部屋に行く前に、寄らなきゃいけない場所がある。
私は部屋に向いた足を戻し、診察棟へと歩き始めた。

煎じる薬湯の湯気が立つその部屋へと、静かに入る。
「具合は?痛みはどうですか」
診察台に横になったあの男の子に、そう声を掛ける。
「良くなりました」
そう答え、診察台の上で体を起こそうとする彼に
「ああ、そのままで」
そう制止の声を掛ける。

彼はもう一度、診察台へとゆっくり横たわると
「あなたが天からいらした医仙ですか」
私に向かいそう尋ねた。
「そう呼ばれています」
あの李 成桂にこんな風に聞かれるなんてね。不思議な気持ちで返す。
「この命を、助けて頂きました。私の父がもうすぐ参ります。
是非医仙にお礼を。急務の任を終えればすぐ参りますゆえ」
「・・・お名前は」
「私は、イ・ソンゲと申します。本貫は全州、 双城総管府におります。
父は・・・」
「全州 李氏」
「はい、さようでございます」

男の子はにこりと笑った。何も知らない笑顔で。
この先何が待つかも、自分が何を興すかも何も知らない、ただ屈託のない笑顔で。
あの人をいずれ殺すだろう男の子は、今はそんな事、微塵も感じさせずに笑った。

 

「典医寺へ行け」
あの笛吹きに鼻先で逃げられ回廊を戻りながら、半歩後へ控えたテマンに伝える。
「はい」
テマンが踵を返したところで慌てて戻り
「何の、ためですか?」
「理由か、医仙が大人しくしているか見て来い」
「はい」
此度は素直に頷きそのまま走り去ったテマンと入替わりに、トルベが足早に近づいた。
「徳成府院君が現れました、康安殿へと向かっています」

来たか。
既に予想はしていた。
盗まれたあの名簿。取り逃がした入密法を操る笛吹。
どちらにしても心は決まっている。
あの男の手ごと叩き斬る。万が一あの方へ伸ばせば。
そして、在るべき姿で王道を進む王様へと伸ばせば。

典医寺の部屋に入った瞬間に、
「こんにちは」
その声に驚いて、思わず声を上げる。
隅の椅子に腰かけた、キチョルの手下のX-woman。
そしてその横に、猿轡を噛まされたトギの姿。

「何してるの」
その私の声にX-womanが手袋をはずしながら
「待ってたの、お散歩しない?」
そう言って、にこりと笑う。
「その子を離して」
私の声に首を振りながら
「まだ駄目」
X-womanは、赤い裸の手をトギの肩へ置く。
「返事が先よ。今から私と一緒に、お散歩するわよね?」
「その子を離すのが先よ」
「ああ、殺した方が早いのかしら?」

怯えたトギの顔。 その肩を固く掴んだ、赤いX-womanの手。
その光景に私は目を見開いた。

 

処方した薬湯の入った碗を手に診察室へと入る。
医仙のおかげで助かった、あの若い男の命。

先ほどの坤成殿での医仙の様子だけが気掛かりだ。
あの若者を助け、王妃媽媽をお救いし、慶昌君媽媽の凶事を敢えて蒸し返された理由は何だったのだろう。
解せない。あの泣き出しそうな怯えた瞳。
叫びさえ呑んだ最後の息は、何を意味していらしたのか。

診察台の上、横たわっているはずのあの若者の姿はそこになかった。
どうしたことだ。一体何だ。
空になったその診察台を茫然と見る。 私以外には、息吹一つ感じられない。
背から射す長閑な光が診察室の床、私の影だけを長く伸ばす。

 

康安殿を大股で進み、王様のおわす玉座の階の右、
そこで立ち止まり王様へと一礼し振り向いて、正面の奇轍と対峙する。

その手を伸ばせば叩き斬る。
ただそれだけだ。

「さて、王様をお守りする護衛は全て揃いましたか」
目の前の奇轍が、余裕を感じさせる声でそう言った。
「これだけで宜しいのですかな」
王様は玉座の上、奇轍へと問いかける。
「折り入って火急の用向きとは何だ、話しなさい」
王様の御声に、奇轍が嬉し気に声を上げる。

「我らの王様が、人材を探していらっしゃるそうですね。
学識高く、才に溢れた者たちでございますか。
賢明なご判断でございます。権力を手にし、それを維持するため持つべきは人材です。
それを伺い私も考えました。さてどうしましょう、そう簡単に人を揃えられは困ると」
奇轍の声に、王様が微かに息を吐かれる。
「何故だ。権力を巡り、余と争うつもりか」

奇轍は楽し気に返答した。
「それは避けたく存じます。故に、そうせず済むよう片づける所存でございます」

そう言って、懐に手を差し込む。
そこから巻物を一巻掴み出し、王様へと差し出す。
控えた筆頭内官がそれを受け取り、王様へとお運びする。

その捧げ持った巻物が、俺とチュンソクの間を通る。
横目で確かめ、確信する。
見慣れたあの名簿。紛失し、探した名簿。
逆脇で玉座を守るチュンソクが顔を顰める。
奴の懐から抜き取られた名簿だ。責を感じているのだろう。
今ここで奴の落ち度を責めても始まらん。
誰にも聞こえぬよう息を吐き、ただ目前の奇轍へ集中する。

予測はしていた。ここまでは定石内だ。
この後の動きだけが予想がつかん。

捧げられた巻物を内官から受け取り開いた王様に向け、畳みかけるよう奇轍が言葉を重ねる。
「裏町の野良猫どもを使って、在野の優秀な人材をお調べになられたとか、確かですか」
その声に、王様が苛立たし気に巻物を丸める。

「王様。私こそ王様に必要な人材でございます。
私がおりながら他の者を集めるとは、納得いきませんぬ。
私には、生来の悪癖がございまして。嫉妬が度を過ぎるがゆえに」
そう言って、自嘲する振りで笑む奇轍へと
「それで」
王様が、それだけお声を返す。
「名簿に名のある者たちが我慢なりませぬ。我慢ならぬので、死んでほしいのです」

表面向きの穏やかな笑顔をかなぐり捨てた奇轍が王様へと光る目を当てた。
その瞬間。
王様の声を待たずに奇轍へと三歩で寄り、寄った刹那に抜いていた鬼剣をその喉元へ当てる。
「王様に対し如何なる無礼な言動も許さぬ。
御命令頂ければ迂達赤がこの場で斬ります、王様」

俺に向かい、恐れる訳でもない奇轍が目を当てる。
そして、玉座で王様がゆっくりとお立ちになった。
「聞いた通りだ。余の命で斬り捨てる事もできるが、徳成府院君。
覚悟の上で参ったのであろうな。
捨て身の覚悟失くして、王である余の目前にて、それ程大胆不敵な物言いが出来ようか」
その王様の御声に、奇轍が笑う。
まるで王様の御言葉など聞かぬ、届かぬとでも言いたげに。
「策もなくこのような無謀な真似など致しませぬ」

その声に王様が問う。
「策とな」
奇轍は嬉し気に声を重ねた。
「策はまず、王妃媽媽の坤成殿にあり」

後ろの王様が息を呑まれる気配の中、それすらを楽しむような奇轍が言う。
「そして二つ目は医仙と共にあります」
そう楽し気に、焦らすように。

予想していた。
この男が易々と目を付けたあの方を見逃すわけがない。
だからこそ、即座に守りをつけた。
粘着質の執拗な男が、簡単に諦める筈がない。
だからこそテマンを走らせ、無事を確認しろと伝えた。

奇轍の声に、俺は眸だけで、殿の隅に控えるトクマンとテマンを探す。
控えた二人は俺の視線を受け、黙ったままでただ深くその頭を下げた。

やられた。またしても裏を掻かれた。
肚の底からこみ上げる苦さと焦りの中で、顔を背け太く息を吐く。
それならば此処で吐かせるまで。
あの方には指一本触れさせぬ。
喉元に鬼剣を突きつけた奇轍の顔を、俺はこの眸で睨み返した。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさん、今夜もハラハラのお話をありがとうございます。
    ああ~、ヒール役のキチョル、歪んでますね~(-_-)。
    性格も…ですが、あの奇妙な髪型や髪飾り、全身パックなども十分に不気味でした。
    身分を気にしなければ、まず第一に切り捨てたい相手なのに、それができないもどかしさ。
    ヨンの苛立ちがひしひしと伝わります。
    さらんさん、おやすみなさい

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    >muuさん
    こんにちは。コメありがとうございます❤
    遅いコメ返、申し訳ありません・°・(ノД`)・°・
    本当に本当に、本編DVD時代は
    「なんで~~~!」と何度叫んだことか。
    チェ・ヨン程の男なら、王様にとっても大事な人材、
    斬っても文句言われないから行ってしまえ!とw
    全身パック(A.K.Aゴキ*リパック)ありましたね~!
    ああ、思い出しました・・・あそこを最初に見て、
    良師、BLのひと?と思ったのも、今となっては良い思い出です(爆

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