堅香子 | 3

 

 

トクマんさんに案内されて辿り着いた、キチョルの屋敷で取次を頼む。
通された応接間らしきところでキチョルを待つ間、私はどうにか好印象の笑顔を練習していた。

「こんにちは」
はあああ。緊張するわ。息を吐いて
「ご、ご機嫌よう」
ううん、顔が。
「ご機嫌、よう?」
駄目、駄目だわ。引き攣ってるのが分かる。
あくまで自然に、印象よく感じよく。

私は横に立つトクマンさんを見上げた。
「どう?」
周囲を警戒してたトクマンさんが、急に話を振られて驚いたように
「え」
そう言って私を見返した。
「あの、どうとは何が」
「私の笑顔よ。自然?それとも引き攣ってる?」
その問いかけにトクマンさんは
「お綺麗です」
照れたように笑って返した。

それは嬉しいけど、ズレてる。そうじゃないんだけどなあ。
私が溜息をつくのと、部屋の扉を開けてそこからキチョルが入ってくるのは同じタイミングだった。
慌てて椅子から立ち上がり、
「どうも」
そう頭を下げると
「例の書が気になっておいでになったなら」
キチョルはこっちの腹などお見通しと言った、余裕のある態度で笑いながら私をいなした。
こういうとこがほんと癇に障るのよね、この男。

「いえ」
私は笑ってそれを否定した。
どうせこの男はチェ・ヨンさんの時、私が生かせといえば殺す、殺せといえば生かすって言った男だもの。
精神病質、他人に対してアドバンテージを握る事、相手の気持ちや人生を思うままに操る事に快楽を感じる男。
ここでほしいといって騒ぐだけ無駄なのよ。
「手術道具を取りに来たの。ここにあっても無駄でしょ」
「手術道具ですか」
「そう、私は医者なのよ。道具がなきゃ商売できない。あなたが持ってても無駄でしょ。だから返して」
「ディールをしましょう。ただではつまらん」

くそじじい。そんな時間はないのよ。こっちは患者の命と引き換えに出て来てるんだから。
だけどこういうことは十分想定内。
何しろ人の人生を思うままに操るのに、この上ない快楽と征服感を覚えるヤツなんだから。
「もうあきらめたの?」
私がにっこり笑うと
「何ですと?」
キチョルが少し興味深げに反応した。

来た来た。
「私の心を手に入れるのはあきらめたの?そうじゃないなら、ものにしてみなさいよ」
そうなのよ。競争心の高い男、他人に負けるのは我慢できないって男。
こういう相手の提案より魅力的で、自分の意志じゃ簡単に手に入らない提案をするしかない。

「心が1つになったら仲良く座って、あの日記の内容を一緒に研究できるわ」
「研究」
「あの日記が天門の場所を表してるとすれば、一緒に天界へだって行けるわ」
「一緒に」
「魅力的でしょ、天界よ」
私はそこまで言って、手を出した。
「今日は急いでるから、道具だけ返して」

その手が震えてる。
それを見て、目の前の男はやっと余裕を取り戻したみたいに笑った。
「怖いのですか」
私が震えを隠すように抑えた手を見て、キチョルはそう訊いた。
「今の私にとり医仙は国より大きな宝。この先は分かりませんが今は大切なお方です。
ですから、妙な気は起こさないで下さい。近々必ず典医寺より取り戻しますから、少々お待ちください」

この男ならやるわ。それなら私が出来るのはひとつだけ。
この男の手が届くより先に逃げて、あの天門までこの男より先に行って、くぐるしかない。
そうじゃなかったら、あの人に、周りに、どんどん迷惑がかかる。
影響が残る。変えたくなくても、歴史を変えちゃうかも。

目の前で浮かぶ不敵な笑いに、私は息を呑んで男を見た。

 

*****

 

康安殿へと呼び出され、王様と新官職の候補の話を詰める。
明るい部屋の中で階上の執務机に座った王様は、手裏房から入手した在野の目ぼしい者たちの名簿を机上に広げ、ゆっくりと目を通された。
「これは、手裏房から手に入れたのか」
お聞きになる声に正直に頷く。
「は」
「なるほどな。良く調べたものだ」
感心した王様の口調に苦く笑う。

「表向きは薬売り。実際の顔は高麗を牛耳る情報屋です。
首長は某の剣の師父と同門の、師叔に当たります」
「余の配下に置けるか」
そのご質問に、僅かな咳払いをする。
「・・・なんだ」
王様がそんな俺に不思議そうに問われる。
「某を、王様の飼い犬呼ばわりする者たちゆえ」

師叔、そしてマンボと交わした言葉を思い出す。
──── 飼い主は、飼い犬を食おうと湯を沸かす。
その湯の横で、飼い犬を棒で叩く。
縄が切れれば、犬は逃げ出す。
それなのに、飼い主が呼べば尾を振り戻る。

「ヨンア、お前の師父がそうして殺されたのを忘れたか」
目の前の師叔は怒鳴り、俺が飯を食う机を分厚い掌で思い切り叩いた。
「もちろん覚えてる」

俺達の目前でメヒを庇い、忠恵の手で鬼剣に胸を貫かれた、俺たちの隊長。
この眸に焼き付く最期の瞬間を忘れる事など絶対に出来ない。
「じゃあなんでまた王に仕えたりする!」
師叔が堪え切れぬように大声を上げた。
「新王だからだ」

師叔はその声に、尚更怒りを募らせたか。
声を荒げ此方を指し、マンボに怒鳴った。
「おい、聞いたかよ。新王だとさ。王は王だ、古いも新しいもそんなもんあるかよ」
師叔のその言葉にマンボが此方に向かい
「寝ぼけた奴に食わす飯はないよ」
そう言って喰いかけのクッパを碗ごと目の前から掻っ攫う。
「二度と来るな、その面は見たくねえ」
「師叔」
「うるせえ、気安く呼ぶんじゃねえ!」

本気で気を悪くしたように、顔を背けて怒鳴った師叔。
あの様子では配下どころか、こちらの橋渡しすら拒む。

目の前の王様にかいつまんでお伝えすると、最後に王様は珍しく御声を立てて笑われた。
そして名簿へ視線を戻し目ぼしい者に印をつけながら
「師匠も弟子も、ごろつきにも会おう」
楽しげにそうおっしゃった。
「何故そんなお気持ちに」
「徳成府院君は、心を集めるのが生甲斐らしい。余も集めてみたくなったのだ、人の心というものを」

会おう、とおっしゃるか。
金でなく権力でなく、その御気持ちで真直ぐぶつかり、その御心で集めて下さるならば。
王様が確かめ終わった名簿を預かり、俺は微笑んだ。
「すぐに手配いたします」

「隊長」
康安殿の外、俺を待つテマンが横に着く。
「なんだ」
「医仙が」
「どうした」
「徳成府院君の屋敷に、行ったって」
立ち止まりテマンの顔を凝視する。
俺の周囲が全て事もなく、穏やかに進む日はないのか。
王様との拝謁がうまくいったと思えば、次はあの方か。

「何だと」
その声にテマンは慌てて
「も、もう無事に戻って、典医寺で患者の治療を」

よくよく俺は。
この心を汲み取らずまんまと敵の懐へ、大切な医仙を飛び込ませる護衛の部下。
この俺に心配を懸けるのが趣味としか思えぬ、あの人騒がせな天界よりの客人。
そんなものに振り回される巡り合わせということか。

溜息をつき足を速めて典医寺に向かおうとし思いつく。
王様からお預かりした名簿を、俺はテマンへ放った。
「この名簿を副隊長に渡せ。印のある奴らの居所を調べろと」
「は、はい」
そう頷くテマンを残し回廊を走り始める。

走ってばかりだ。
あの顔を見るため。無事を確かめるため。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

7 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、今晩も素敵なお話をありがとうございます。
    ウンスとキチョルの駆け引き…。
    この時代に、自分をしっかり持ち、行動する女性は多くなかったでしょうから、ヨンはいつもハラハラでしたよね、きっと。
    でも、手がかかる相手ほど、気になるものです。
    こうして振り回されているうちに、ウンス本来の可愛らしさや芯のあるところに惹かれていくのでしょうね。
    さらんさんのお話で、さらに深みが増したような気がします❤
    さらんさん、今日は過ごしやすい一日でしたね。
    今晩は冷えるようですので、お風邪を召しませんように。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >muuさん
    こんにちは。コメありがとうございます❤
    遅いコメ返、申し訳ありません・°・(ノД`)・°・
    きっとそうなのでしょうね、やはりいくら男女さらんが少なかったとはいえ
    時は1350年代ですから、きっと。
    このあたりから深まる二人のラブラインやら、
    王様との葛藤、奇轍に加え出てきた真打徳興君…
    もう、斬ってしまえ!と何度も思いましたがw
    そのあたりも含め、お楽しみ頂ければ嬉しいです❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >くるくるしなもんさん
    こんにちは。コメありがとうございます❤
    遅いコメ返、申し訳ありません・°・(ノД`)・°・
    実は私にとっても、本編DVD時代を書くのは
    当時のおさらいやら復習を兼ねていますw
    詳細部分、何度も見ているのにあれ?って思う事がありますw
    (すでに曖昧な記憶力・・・)
    そんな発見がして頂けると嬉しいです❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >いくよさん
    こんにちは。コメありがとうございます❤
    遅いコメ返、申し訳ありません・°・(ノД`)・°・
    あはははは、もうこれは、ウンスの性格だと
    この一言かな、と(爆

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です