堅香子 | 2

 

 

あの方が皇宮に戻ってきた以上、先日のようにみすみす皇居内で攫われる訳にはいかん。
徳成府院君奇轍、あの粘着質で執拗な男のことだ。
一度目を付けたあの方を易々と見逃すはずがない。
簡単にあの方を諦めるとも、手放すとも思えない。

俺に天門の向こうはどうだったかと聞いた。
あの男は本気で医仙を攫い、天門を無理にでも開こうと そう企んでいるのかもしれん。
早急に護衛をつけねばならん。
回廊の端、俺は目の前に並ぶ迂達赤らに目を投げる。

トルベ。
槍の腕は最高だ。しかし女癖は最低だ。
府院君が我が物顔で皇宮を歩く今、こいつが抜ければ王様の守りが薄くなる。

テマン。
俺の兵として最高だ。しかし一度医仙を逃がしている。
俺の命を絶対に聞くからこそ、こいつを立たせては命と引き換えで医仙を守る。

「トクマニ」
「はい隊長」
「医仙の守りにつけ」
トクマンが笑顔で
「分かりました」
そう応じる脇へ、テマンが階の手摺から下りて駆け寄る。
「隊長、お、俺行きます、医仙を」
「前に逃がしたろ」
「だっだだから俺が今度は」

そう言い募るテマンの胸に、もう話すなと言わんばかりにトクマンが鞘音を立て、刀を押し付けた。
「ご安心下さい、俺が命懸けで」
その声を聞いた瞬間、俺はトクマンの頭を叩いた。
「易々と言うな、簡単に懸けるほどいくつも命があるのか」
「ですが、医仙の護衛として」
「ふざけるな、絶対に粗末にするな。俺が許さん」
命を懸けて。簡単に言ってくれるな。
只でさえ医仙の護衛となれば、狙われる事が多くなる。
血気に逸り毎度命を懸けていては、本当にその命幾つあっても足りん。

「隊長は」
トルベが遠慮がちに呼ぶ声に
「何だ」
そう振り返ると
「医仙のところには」
そう呑みこんだトルベの声では足りぬとばかり
「お待ちになっているかと」
トクマンが典医寺を指しそう加えた。

俺がその声に無表情で奴へと歩を詰めると、奴は怯えたようにそのまま後退る。
「万一の時は、医仙を担いで逃げろ。戦うな」
戦って勝てる奴らでもない。
奇轍も、あの笛吹きも、火女も、毒遣いとてそうだ。
医仙の安全を守り確実に逃がせる、自分も逃げられる、そんな奴でなくばならん。
「背負ってですか?では医仙のお体に触れて・・・」

手真似つきのその能天気な声。
俺はトクマンの鎧の胸めがけ、この蹴りを思い切りぶち込んだ。

******

緊急の患者が運び込まれる。
男に背負われ、我慢できぬと呻き声を上げるその患者。
胡服を纏い辮髪を結い、真っ青な顔に汗を浮かべている。
肌は冷えている。しかし体熱は少し高い。腹を抑え呻くその顔は、まだ幼い青年のものだ。
診脈する私に向かい、付き添いの男が
「双城総管府の千戸長のご子息です」
そう言う付き添いまで脂汗を浮かべている。

胡服の前を肌蹴て腹を出し、診察台に横たわるその青年の顔診を行いながら
「どこが一番痛みますか」
呻き声に負けぬよう確認するが、説明の声は戻っては来ない。代わりに従者が
「昨日から腹痛がひどく、一晩中下痢を」
焦ったように言う声を聞きつつ、息を詰め脈を読む。

典医寺の部屋の外、しっかり見張りが立ってる。やっぱりね、チェ・ヨンさんの仕業よね。
こんなに早々と見張りを立てるなんて。これじゃ、キチョルに会いに行けないじゃないの。

会いに行かなきゃ、あの日記も手に入らない。自由に外にも出られない。
どうすればいいわけ?こんな風にしてる間にもし天門が開いたりしたら。

ああ、もうほんとに。
あれで隠れてるつもりなのか、窓の外の兵士は鎧をガチャつかせながら、こちらの様子を伺ってる。
そのくせ私が窓から見返すと、慌てて窓の外に蹲って。隠れてるとは、とても言えないわ。

窓から離れるふりをしてフェイントをかけると、その兵士が窓の外で立ち上がる。
そこでカーテン代りの窓の目隠しの布を上げて顔を見ると、 もう逃げられないと思ったのか
「迂達赤、オ・トクマンと言います。医仙の護衛を申し付かりました。隊長の指示で」
「ユ・ウンスよ、よろしく」

チェ・ヨンさん、自分が立てなければ部下を置こうって、そう思ってくれるのは嬉しい。
けど、でも。
でも、私が今一番行きたいのは、こないだまであれ程逃げたかったキチョルの屋敷なの。
天門や日記にかかわるヒントなら何でもいい、早く宿題を解いて、あの門から未来に帰らなきゃ。

そんな私のぶっきら棒な窓越しのあいさつを受けるトクマンさんの横。
薬湯の碗らしきものを抱えた トギが一目散に駆けて行く。

日記を手に入れるまでの我慢、天門から帰るまでの辛抱。
そのためにキチョルと接触する作戦が見つかるまでの間、少しくらいは協力しなきゃね。
トギの走る姿を追って、私は部屋を出た。

トギの姿が駆け込んだ診察室へ入る。
部屋の中は騒然としていて、若い男の子が診察台に寝ていた。
「急患だったの?」
その声に、患者の横のチャン先生が振り向いた。
「腸癰です」
「ちょう、何?」
「湿熱と瘀血のせいでしょう」

ふうん、なんだかよくわかんないけど
「診てもいい?」
「診て下さるのですか」
チャン先生が少し驚いたみたいに、診察台の横から体をずらす。

腸ねぇ。私はその男の子の左脇下腹を圧してみる。
触れた体は熱を持っている。高熱じゃない。37度台。
腹膜関係まではやられてなさそう。
「ここは?」
「痛みません」

半分うなされながら、男の子が答える。ふうん。
圧すのを右側に変えると、途端に男の子が痛そうに叫ぶ。
聞かなくても判るわ。
まだ押せるくらい柔らかい、腹膜炎には移行してない。
耳を当てても特に気になる金属音は聞こえない。
「虫垂炎ね」
そう言って私は男のお腹から体を起こした。
「発熱と吐き気もあった?」

その質問に、そばについてた家来のような男の人が
「はい」
そう叫ぶように同意した。
「脈が洪水のごとく」
チャン先生がそう補足する。脈が洪水・・・何それ。
「判るように」
「脈幅が広く、脈力もあり、しかも早いのは炎症の証拠」
そのチャン先生の声に脈をとる。 確かに早い。毎分90近い。
「CTがなくても明らかね。開腹するわ。手術道具は」

言いかけて思い出す。
「取り上げられたまんまだった」
ああ、そうだ、府院君のところにあるんだった。

その間にチャン先生が
「加味二陳湯と大黄牧丹皮湯の準備を」
そう指示を出しながら、患部に灸を据えて行く。
「それは?」
「灸と服薬で、体内から膿を出します」
診察後即断で手術に踏み切る西洋医学とは根本が違うわね。
治療をしばらくチャン先生に預けると、私は診察室を出た。

「医仙」
典医寺の自分の部屋から出た私を、廊下で待ち構えていたトクマンさんがそう言って捕まえる。
「困ります、外出禁止です。隊長からそう言われ」
「トクマンさん」

そう騒ぐトクマンさんに廊下でくるりと向き合う。
私の目に驚いたように、トクマンさんが無言で棒立ちになった。
「はい、医仙」
「私は方向音痴だし、あちこち連れまわされるばかりで。だから、案内して」
「案内、ですか」
「そう。徳成府院君キチョルの屋敷に」
「奇轍の屋敷、ですか」
「そう」

私は目の前で棒立ちになったトクマンさんの腕を掴むと、 勢いよく廊下を歩き始めた。
「一刻も早く手術しないと」
キチョルに会いに行くいい口実ができたじゃないの。
「急いで!」
「お、お待ちください医仙」

引っ張る私の勢いに引き摺られながら、トクマンさんが情けない声を上げた。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

4 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、お話をありがとうございます。
    美容外科医になったウンスでしたが、彼女にも真面目に医学と向き合い、必死で術を学んできた時代があったことを物語るシーンですよね。
    さらんさんが描くお話の中のウンスは、とても志が高い医官で、私はそんな彼女の活躍ぶりが好きなのです。
    さらんさん、明日はGWも最終日。
    まだ、少しはお休みできそうですか?

  • SECRET: 0
    PASS:
    しっかり~~~~^^;
    ウンスに振り回されるトクマニが
    フフフフフ可愛いんですけど?
    ウンスの身体に触れても?と
    嬉しげに能天気な発言をして
    ヨンアに蹴りを入れられるという
    おなじみのあのシーン。
    ものすごぉ~~~~くホッとしますね。
    それにしても片栗??Σ(=°ω°=;ノ)ノ

  • SECRET: 0
    PASS:
    >victoryさん
    こんにちは。コメありがとうございます❤
    遅いコメ返、申し訳ありません・°・(ノД`)・°・
    そうですね、あの華麗なる上段蹴り。
    信義乙女の皆さまがきゃあ、と悲鳴を上げた
    あのシーンですw
    普通上がんねーよ、そんなとこ!と思うような、高く華麗な足技(爆
    ミノ氏の身体能力の高さを証明しましたね。
    片栗!!ヾ(@°▽°@)ノ

  • SECRET: 0
    PASS:
    >muuさん
    こんにちは。コメありがとうございます❤
    遅いコメ返、申し訳ありません・°・(ノД`)・°・
    ウンスはもともとは、頑張り屋で真摯な女性、と言うのが
    私の基本設定だったりします。
    ただ現代ではいろんな裏切りや誘惑で心も目も曇ってたと。
    そうでなければ、わざわざ時空を超えて、離れ離れになって、
    また天門くぐってヨンの時代には戻らぬのでは、と・・・
    そんな影設定も楽しんで頂ければ、嬉しいです。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です