2014.12.20 雪の日さらん

2014 Xmas ｜雪の日・2

「チュンソク」
虎の眸が立ち尽くす俺を射竦めるよう、じっと此方を睨み付ける。
「今すぐに、動ける兵はどれほどだ」

押し殺した声で俺に迫る大護軍に、俺は冷汗をかきながら首を振る。
「へ、兵の管理は、最近トクマニとテマナが」

俺の声に鬼の形相が、若い二人の方へぐいと振り向けられる。
「テマナ」
「は、ははい！」
「お前は今、時間はあるか」
「はい大護軍！！」
テマンはすぐに大護軍の脇へ駆けつける。

「トクマニ」
「ははは、い！」
「今すぐに動かせる迂達赤は何人いる」
「え、え、ええ、と」
言い淀むトクマンに大護軍が眉を寄せ
「もう良い！！」
鬼の形相のままトクマンへと大股で詰め寄り、胸座を掴み上げた。

「お前が五人分働け」

*****

俺とテマンは走る大護軍に従い、積もる雪に足を取られながら必死で後を追いかけた。
典医寺へと駆け込んだ大護軍は、その扉も迂達赤兵舎と同じく叩きつけるように開く。
中で書き物をしていた新しい侍医が目を丸くし、机の前で立ち上がって大護軍を迎え入れる。
「大護軍」
「あの方はどちらに」
「･･･ええ。実は雪のせいで診察台が混み合っていたので」
「侍医」

そこで大護軍はずいと大きく一歩、侍医に詰め寄った。
「何処だ」
侍医はその目線を奥へと送り
「･･･ウンス殿の、お部屋に」

即座に黙って踵を返し、大股で医仙のお部屋へ向かう大護軍の背中。
湯気の様に立ち上る怒気が見えるような気がして、俺は目を瞬いた。

横のテマンも仰天したように、さすがに黙って大護軍を見つめている。
こいつの野生の勘が言っているのか、今の大護軍には寄るな触るなと。

さすがに医仙の部屋の扉をぶち破る気はないのか。
もしくは怒鳴り散らして少しは収まったのか。
大護軍は今までで一番まともに、医仙のお部屋の前で深く息を整えた後、扉を開けた。

「ウンスヤ」

───　聞いてしまった。
初めて大護軍が医仙の御名を呼ぶのを。
これは弄るところではない。
さすがの俺にもそれが分かり、口が滑らないよう奥歯を噛んだ。
「あれ、早かったのね」

･･･医仙。
何ゆえ怒りの形相の大護軍を前にそれほど長閑にお話になれるのでしょうか。
椅子に座り、正面に座った官服の男の足を、ご自身の膝の上に乗せたままで。
目を丸くしてその後にこりと笑う医仙に、俺の方が冷汗を流す。

「足を診てたの。折れてないけど、やっぱり1人で雪の中を歩いて帰るのはきっと無理」
「そうですか」
恐ろしい程に笑んだ、冷たすぎる目で、大護軍がその男と医仙を見つめ返す。
「帰りは、此方の兵たちがお送りします」
そう言って大護軍は、俺とテマンを指した。

*****

そろそろ夕刻という頃。
俺は兵舎を出で、約束通り典医寺へと、あの方を迎えに行った。
もうすぐだ、風邪など得ぬよう暖かくさせ一刻も早く帰らねば。

そう思い診察部屋へ入った刹那。
俺の目に飛び込んだのは一人の男が、高椅子に浅く腰掛けている姿だった。
青色の官服と帯から見るに、まだ若い従五位あたりであろう。
官位などはどうでも良い。
問題はその青の官服が腰まで捲られ、下履きも膝まで上げられていたことだ。

そしてその両足の間に入り、床に膝をつき、右足をその膝に抱え上げて。
そのまま怪我の様子を診る、あられもない姿の俺のあの方だ。

判っている。これは治療だ。
見ようによっては春画よりあられもない睦言の体勢に見えるからとて。
そうだ、それとてこの方の役目のうちなのだ。

男の両手があの方の肩を抑えるように、前屈みになってそこにかかっていなければ。
あの方の体を己の両足の間に引き寄せるような恰好をしておらねば、俺とて普通の顔をしていた。

開け放した扉から流れ込む表の冷気に気付いたか。
あの方が男の両足の間より顔を覗かせ、茫然と立ち尽くす俺を見た。

「あ、ヨンア、来てくれたの？今この患者さんを診てるから、もうちょっと待っててくれる？」

男が足の間で動いたこの方の肩より手を離すと、椅子の上のその体がぐらりと揺れる。
この方は慌てて
「駄目！！肩を離さないで下さい、危ないから！」
そう叫びその手を掴み、ご自身の細い肩にまた掛けさせる。

それでも俺に向き直り笑う、その三日月の目に疚しさなど一片もない。
「この患者さん、多分歩いて帰れないから。私が送って来るから」
「何処までですか」
「あ、そうね。お住まいはどこですか？」

初めて気付いたようにその男に振り向き声を掛けるこの方に
「いえ、かなり遠いですから」
その男が慌てたように、俺のこの方の細い肩に手をかけ直して首を振る。

おい。
触る必要があったか、今。

「それは駄目。医者としてこれほど酷い捻挫の患者を雪道の中、1人で帰すわけに行きません」
首を振るこの方が次に何を言うかなど、俺には察しがついている。
「だから、私が送るから、あなたは先に家に」
「兵を呼んで参ります」
「へ？」
きょとんと瞠る瞳に、俺は作り笑いを見舞う。
「兵を、呼んで参ります」
「誰を」
「若い兵を呼び、担架を担ぎ送らせます。あなたは心配しなくて良い。
俺が戻るまで何処にも行かず。何もせず。勝手に動かず。待っていて下さい。
宜しいですね」
「で、でも」
「黙って待っていろ」
「は？」
「と、申し上げたはず」
「･･･分かった、待ってる、わ」

今し方入ったばかりの扉から、俺は脱兎の如く表へ飛び出した。
行先は迂達赤兵舎。是が非でも兵を捕まえる。

ヨン、明らかに考え過ぎでは･･･っっ！

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44 件のコメント

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仕事とはいえ、ヨンにとっては、ショックだわ。(゜゜)
人目も気にせず、「ウンスヤ」なのか、
わざと「ウンスヤ」なのか？
皆がビビってるのに、ウンスだけ、ヘッチャラ(・o・)
さすが、大護軍の彼女(´▽｀*)

44 件のコメント

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