甘い夜 ~ 恋風・後篇

 

 

「どうしてこんな色になるの?」

タシクパンの中に並んでるハート型のタシクを見て私が叫ぶと、タウンさんは嬉しそうに笑ってくれた。
「紅麹の色です。桃よりは山桜のようですね」

確かに桃みたいなはっきりしたピンクじゃない。優しくて淡くて、柔らかいピンク。
そのタシクパンをタウンさんが軽くテーブルに打ち付けてから、大皿の上で逆さまに振る。
中からピンクのタシクがお皿に転がり落ちて来る。

形が崩れたら台無しと一瞬ヒヤッとするけど、ドライフルーツと蜜で練った生地で作ったタシクは崩れる事もなかった。
タウンさんはそのタシクをお皿の上に丁寧に並べて、私の顔を見る。
「この色で宜しいですか、ウンスさま」
私が大きく頷くと安心したように表情を緩めた後、もう一度口元をきゅっと引き締める。
「では急ぎましょう。まだ焼き物も残っております」

竈の上の鍋の中で煮詰めてるユズジャムを忘れないようかき回しながら、タウンさんの声にもう一度頷く。
「そうね、あっという間に時間が経っちゃう」
「ええ。今日お渡しするのですよね」
「うん、今日じゃないと意味がないというか。特別な日なの」
「では尚の事、急ぎましょう」

鍋をかき回していた杓子を持ち上げて、中のユズジャムをたらたらと高いところから鍋に戻してみる。
だいぶ粘りが出ているのを確かめて
「タウンさん、これくらいでいいと思う?」
そう確認する鍋の中を、タウンさんが覗き込んだ。

 

「侍医」
冬の陽に輝く雪を蹴立て、典医寺の診察棟に駆け込みながら呼ぶ。
仰天したように戸口を振り返り、侍医は目を丸くした。
「チェ・ヨン殿」
「時間が無い」
「ウンス殿に何か」
「違う」

あの方は典医寺に居ない。判っているから駆け込んだのだ。
万一入れ違いであの方が此処へと来れば、面倒な事になる。

「ウンス殿はまだいらっしゃっていません。今日は昼過ぎに」
「知っている」
「では何故、わざわざお一人で」
「侍医とトギに頼みがある」

その声に診察室の中、侍医とトギとが目を見交わす。
トギに至っては信じられぬのか。
その指で己かと確かめるよう、自らの鼻の頭を指している。
「ああ」
真直ぐ見る眸に戸惑いながら、トギと侍医が呆気に取られたように頷いた。
その二人に畳み込むよう、小さく己の頭を下げる。

「花をくれ」

 

「寒椿、木瓜、水仙、福寿草、梅、冬薔薇、石斛」
侍医とトギは足早に薬園を行き、雪中に彩を添えるように開いた花を次々に示した。

一箇所でトギが侍医の袖を引く。
侍医が声を止めると、トギの盛んに動く指先をじっと見つめ小さく喉を鳴らした。
「何だ」

俺にはその指の声を読む事は出来ん。
テマンを連れて来るのだったと舌を打ち、仕方なしに侍医へ尋ねる。
「御二人の御婚儀で、トギが花の意味を調べたでしょう」
「・・・ああ」

あの夜こ奴の目を盗み、あの方の私室へ留まった。
寝台の上に寝転び指先に広げた、照れ臭い花の意味を記した紙。
婚儀の前夜。何があったわけでもない。
それでも翌朝の薬園で、何処かしら含みのあるその視線を受けた。
全てが其処に結びつきそうで、眉を顰め侍医から僅かに眸を外す。

そんな俺を愉快そうに眺め、奴は小さく告げた。
「この石斛の花の言葉は、我儘な美人、だそうです」
思わず逸らした眸を侍医へと戻す。
侍医はその視線を受けて深く頷く。
トギはそんな俺達を見て、しかめ面で息を吐く。

今 三人の頭の中、同じ顔が過っている筈だ。
我儘な美人。
正にそんな方を俺達はよくよく知っている。
「この花、もらっていいか」
「勿論です。それだけの御用ですか」
「いや」

薬園の中、先程のコムと同じように其処に落ちた枝を拾い、雪の上に先程のコムと同じ線を描く。
白雪の上、冬の陽射しが描いた線を浮かばせる。
「花を集めて、この形にして欲しい」
その雪の上を眺めつつ、トギと侍医が頷いた。
「意味がある形なのですか」
「・・・さあ。恐らくな」

それが判れば苦労などせん。
あの方の目を盗み典医寺に走ったりも。
しかし意味はある筈だ。この勘には自信がある。
今迄無駄にこれ程長く、あの方と共に時を過ごして来た訳では無い。

俺を眺める侍医の袖を再びトギが引き、何かを語る。
「ぶーけにするのか、と」
「ぶーけ」
トギの指を一旦読み、侍医が再び語る。
「御婚儀の際にウンス殿が手にした、あの花の束だそうです」
「この形になれば、後は任せる」
首を振る俺の声にトギは大きく頷き、任せろというように笑んだ。

 

「・・・凄いな」

四半刻も経たぬうち、トギから渡された鮮やかな花。
コムが描き己が描いた、あの不思議な形とそっくり同じに整えられた花の束が渡された。

トギは得意げに指で懸命に何かを語る。
侍医に眸で問うと奴はトギの指先を見つめつつ
「竹で枠を組み、中に濡らした海綿を敷いたそうです。其処へ花を挿したので、余り長くは持たぬと」
「両日中で良い」

その声に安堵するように、トギが表情を緩ませる。
「あの方には黙っていろ」
最後に釘をさす俺に、侍医とトギが同時に頷いた。
「我儘な美人には、ですね」
侍医の声に頷いて、診察棟から駆け出る。

いつもは待っているあの方へ一目散に駆け寄る薬園の途。
今日だけはその瞳から逃れ、どうにか見つからぬように。

 

「遅れてごめん!」
駈け込んだ典医寺の中、私の声を聞いた途端に何故か満面の笑みで微笑んだキム先生。
「いえ、御用は済みましたか?」

その声に、揺らさないように精一杯抱えて来た包みを診察室のテーブルに置いて、そうっと開く。
中のボックスの大きい方を1つ取り出して。
診察室のテーブルの上でフタを開けて見せると、部屋の中にいたみんなが近寄って来た。
「じゃじゃーーん!」

中に入ってる手作りスウィーツの詰め合わせ。
自分で言うのもなんだけど、タウンさんにかなり手伝ってもらったおかげで、すごく上手にできたと思う。
「みんなにも食べて欲しくて」
「ウンス殿、これは」
「あのね、今日はバレンタインってお祭りの日なの。少なくても今高麗で使う授時暦はものすごく正確だし、その暦で2月14日だから」

説明に意味が分からないって顔で、みんなが顔を見合わせる。
「ああ、とにかく愛の日なのよ。好きな人に、お世話になってる人たちに、愛してる、ありがとうって、こういう贈り物をする日なの。
だから。みんな、いつも本当にありがとう」

その瞬間。
何故かトギが顔を赤くして、いつもはおしゃべりな両手で、自分の開いた口にフタをするみたいに抑えた。
そしてキム先生が心から楽しそうに、目尻をくしゃくしゃにして下を向いた。
「何、どうしたの?」
2人の様子に驚いて尋ねると、トギは慌てて首をぶんぶん振った。
答えてくれないトギから次にキム先生を見つめると、先生は下を向いたまま優しい声で小さく呟いた。
「我儘な美人の事を、考えただけです」
「・・・何それ?」

キム先生はそれ以上答えずに、開けた箱の中のお菓子を覗き込んだ。
「素晴らしい腕前ですね、ウンス殿」
「うん、タウンさんと一緒に作ったから味も保証つきよ?みんな、食べて食べて」

その声にみんなが嬉しそうに、箱の中に手をのばしてくれる。

後は、この包みの中の大きな箱を迂達赤の皆に。
そして小さな1つを、あの人に。
「ごめん、来て早々だけど、ちょっとだけ出かけてきていい?急患はいない?」
私の声にゆっくり首を振ると、キム先生は穏やかに笑った。

「問題ありません。お気をつけて、ウンス殿」

 

 

 

 

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