甘い夜 ~ Short piece 6

 

 

6

 

 

暖かく長かった秋を悔いるよう、冬の寒さは日毎に勢いを増す。
枝に残った紅葉に映える、目の醒める程白い雪が積もっていく。

暖かさに慣れた体にも、歩き易い道を慣れた足にも。
朝の窓外を眺めるたびに深さを増して行く白い雪は、大層辛いのだろう。

黎明の陽の中。

俺のこの方は今朝も窓外を眺めると深い息を吐き、窓際で細い肩を落とす。

「イムジャ」

その肩へと声を掛けると
「今日も雪」
そう言って窓外の凍えた空気から逃げるよう、この懐へ飛び込んで来る。
どうにか出来るならしてやりたくとも、敵が天では致し方無い。

細い肩を抱いて暖め、この両の眸だけで窓外を追う。
確かに天から舞い落ちるさらりと乾いた真白い粉雪。
また一段と積もりそうだ。どう機嫌を直させるか。

「・・・散歩でも」

考えあぐねて問うてみる。
人一倍寒がりな癖に、人一倍雪の好きなあなただ。
それが証に、俺の声に瞳が明るく嬉し気に笑んだ。
「本当?いいの?寒いと思うけど」
「構いません」

頷く俺に
「待ってて、ちょっと待って、すぐ着替えるから!」
小さく叫び、この腕の中から逃げる暖かさ。

悔いるのはこんな時だ。
部屋の隅の衣装掛けへと走るあなたを眸で追う。
どうせならこの手を引いて、其処まで連れて行けば良い。
そうすれば夜着を落とす時でも、その肌を寝屋の冷気に晒さずに温めてやれるものを。

溶けぬ根雪の上に積もる新雪は、本当に粉のようだ。
一踏み毎に舞う、その新雪を踏みしめる俺の横。
この方は一歩踏み出すにも大きく足を上げ、難儀している。

「イムジャ」

そうして足を上げるから辛いのだ。
地を擦るように前へと小さく出して、強く踏み込んで見せる。
積もったばかりの粉雪ならば、これが一番楽な筈だ。
少なくとも転んで痛い思いはせずに済む。

その瞳もそして髪も、雪の光の所為でいつもより色が淡い。
瞳が数歩進むこの足許を確かめて、何か決意するよう小さな頭が頷いた。

そしてその頼りなく覚束ぬ沓が、雪の上を歩き始めた途端。
積もった粉雪の下の根雪に乗ったのだろう。

雪の上、小さな体が勢い良く横へ倒れる。

急いでその体へと腕を掛ける。
そのままこの体ごと雪へ投げ出し、この方が埋もれるのだけは免れる。
その代わりにこの身は半分雪へと埋まり、口にも襟元にも 盛大に粉雪が入り込んだ。

体の上、この方が目を丸くして俺を見た。
上から見下ろすこの方の髪が、雪に寝転ぶ俺の頬を擽った。
そして次にその紅い唇が動く。

謝らなくて良い。支え切れなかった俺の責だ。

そうお伝えしようとした刹那。
「・・・ぷ」

その緩んだ紅い唇の隙間から、弾けるような音が漏れた。
「あはははは、やだヨンア!転ぶ?
あんなに見ろ!って顔して歩き方まで見せてたのに、そこで転んじゃうなんて!!」

先に足を滑らせたのは、そうして笑い転げるあなたの方だ。
新雪では無駄に踏張るよりも、転んだ方が怪我は少ない。
あなたでなければ身を挺して庇い、雪に転がったりはせん。

ああそうだ。
言いたい事はある。此方にも言い分はあるのだ。

それでもあなたが雪の中、先刻までの憂鬱な顔を忘れて笑い転げてくれるなら。
その夏の陽のような、花のような笑顔でいてくれるなら。
そして冷たい雪の中、俺の上で寒い思いをせずにいるなら。
俺は良い。これで満足だ。

「イムジャ」
「ん?」
笑い過ぎたか眩しいか、それとも舞った雪が触れて溶けたか。
この方が濡れた目尻を細い指で拭い、下敷きの俺に瞳で問いかける。
「起きます」
「ああ、そうね」
「退いて頂けますか」

体を避けようとしたこの方に、敢えて加える。
「重いので」

この一言が余計だった。同じ言葉で前にも怒らせている。
判っていながら敢えて言う。俺を笑った仕返しに。
その一言に血相を変え、この方が急に立ち上がる。
「言ったわね、女性に禁句を。NGワードを、言ったわね!」

続いて此方も新雪の中に立ち上がる。
袷の襟許の中の雪を叩き落とし、口の中の雪を吐き出し。
頭を振って髪を凍らせる雪を飛ばし、俺は確りと頷いた。
「はい」

雪の寒さの所為か言葉の所為か、それとも両方か。
この方が耳まで赤くし俺を睨みつけた。
「そんな女と結婚したのはあなたでしょ!」

大声で叫び逃げ出したかろうが、この雪に足を取られれば駈け出す事は出来まい。
勝手に走る事も出来ぬ雪の中。
小さな背に二歩で追いつき、後ろから掬い上げて横抱きに攫う。

「止めてよ、降ろしてよ!」
あの時のように腕の中で暴れるあなたに向かって涼しく笑う。
「厭です」
「重いって、さっき言ったばかりでしょ!!」
「天界には冗談は無いのですか」
「冗談にならない言葉っていうのがあるのよ!!」
「ほう」

そう頷いてあなたを抱き、雪の中を歩き続ける。
「降ろしなさいよ、降ろしてってば!」
「厭です」
「重いんでしょ、さっさと」
「本当に重ければ抱きません」
「だったら何でそういうこと言うのよ!」
その言葉に歩みを止めぬまま、腕の中のあなたを見る。

「そんな男を選んだのはあなただ」

それだけ伝えて天を見上げ、途切れる気配なく落ちる白い粉雪を見る。
天の差配には抗えん。
それでもこの腕の中、こうして温められるのならば良い。

「続けますか、戻りますか」

上げた視線を落ちる雪より緩やかに戻し、腕の中の瞳に尋ねる。
見つめる白い頬に粉雪の一片が舞い降りる。
見つめ続けるこの眸の中で、溶けた滴が流れて落ちる。

それが落ちて消えてから、その腕がゆっくりとこの首に回る。
「次は絶対転ばないでね、私も巻き添えになるから」

そんな憎まれ口に片頬で笑う。
初めて抱いたあの時のように落とす振りでもしてやろうか。

軽い体を抱き直し、もうしばらく雪の散歩を続けるとする。
臍を曲げた俺の愛おしい妻の機嫌が、もう少し良くなる迄。

 

 

 

 

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8 件のコメント

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    ウンスかわいい
    ヨンにすべて読まれちゃってるプププ
    すっかり 心得てる大人なヨンも素敵ね~
    相変わらずの ウンスさんですが
    かわいいわ~ 私が思うのだから
    ヨンは尚更よね~ 
    機嫌が直るのも 時間の問題でしょうけど
    甘い時間を お楽しみください~ ( ´艸`)

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    さらんさん❤
    良いなぁ~良いなぁ~(*^^*)
    新婚のヨンとウンス
    此方まで幸せな気持ちになります♪
    「俺の愛おしい妻の機嫌が・・」
    この言の葉 好きです❤

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    さらんさま
    乙女の皆さまの幸せそうなご様子にのっからせていたいだいて・・・
    なんだか幸せな1日を過ごし。
    その勢いで読ませていたいだいておりました、Runaway Love❤
    その時より、ウンスに軽口が叩けるようになったのかなぁ・・・な感じのヨンが可愛いです。やんちゃなヨンも大好きです❤
    男前度増量ヨン、期待しております。楽しみにしております。
    DVDも見直しました。準備は整っております。
    キュン死も覚悟できております。
    よろしくお願いいたします。

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    さらんさん♥
    速いっ! 速すぎます!
    昨日のミノ氏イベント 昼の部の1シーンが、こんなにも早く、こんなにも素敵なお話になるなんて♥
    ああ…、会場にお越しのお嬢様・お姉様方にとっては、あまりにもリアル過ぎて、きっとクラクラしちゃってますよ!
    いえ、残念ながら見ることが叶わなかった皆様も、新雪の上をゴロゴロと転がるがごとく、ご自宅の床の上、畳の上で、身悶えていらっしゃることと拝察…。
    あ、ごめんなさい。それって私のことでした(//∇//)。
    あああ…、私もヨンに抱きかかえられて雪見でもし……と言いかけたところで、道端に残ったガリガリの雪塊に向かって投げ捨てられそうです。
    さらんさん♥
    イベントの詳細なご報告に加え、特大超高価おまけ付きのような素敵なお話をありがとうございます。

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    本当に甘い2人ですね❤️
    ヨンもウンスに冗談言ったり砕けた感じになりましたね\(//∇//)\
    ヨンに横抱きで雪の散歩❤️
    羨ましい!!
    愛し愛され素敵な夫婦をありがとうございます❤️

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    さらん姉さん。
    イベントの後の早々なこのお話。
    そしてお姫様だっこのあのシーン
    ステキすぎでしょ。
    今回のお話…イベントに行けずさらん姉さんのレポで想像を膨らませた私ですが、イベントのミノ氏がそのまま冗談言いながら出てくれてる気がしてダブります。
    私も寒い雪の日にお姫様だっこして歩いて欲しいよ~

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