甘い夜 ~ 나쁜 사람(悪い人)

 

 

【 나쁜 사람(悪い人)】

 

 

「ウンス」

眩しく晴れた朝。
薬房の裏庭で薬草を広げて乾かす手を止めて、私は振り向いた。

「何」
「先生が来いと」
「分かった」

違う人。違う声。違う姿。
あの人じゃない、私のあの人じゃない。

ただ、あの人みたいにぶっきら棒で、不愛想で。
短い、途切れるみたいな言葉をぽつぽつ繋ぐだけ。
そのくせ振り向くと、いつだって誰より傍で私を見てる。

私のあの人じゃない。判ってる。
私が勝手に、あの人を探してる。

誰かに声をかけられるたび。
朝の庭で。昼の薬草探しの野原で。午後の薬房で。
夕方家に帰る道の途中で。夜の眠りに落ちる寸前の寝台で。

そして眠りに落ちた後、目覚めるまでの夢の中で。

あなたは100年後の、あの高麗にいるのに。
あの丘で離れ離れになってしまったのに。

目を閉じると、鮮やかに浮かぶ。
皇宮の回廊。皇庭の東屋。典医寺の中。迂達赤の殺風景な部屋。
歩くあなた。止まるあなた。振り向くあなた。
首を傾げて少し困ったみたいに、私に優しく目を細めるあなた。
黒い瞳。黒い髪。高い背。伸びた背筋。大きな手。
藍色の着物。灰色の鎧。いつも離さないあの鬼剣。

そこに、いる?

そう呼ぶって、ちゃんと言っておいたでしょ。
今も呼んでる。苦しいくらいに。
息を殺して、涙を飲みこんで、いつだって呼ぶ。

そこに、いる?

呼んでるのに答えは聞こえない。悪い人。

 

「もうやめろ」
どの世界でも、酒を売る商売はあるのね。
酒屋の卓で向かい合ったソンジンが見るに堪えないとでも言いたげに、どんどん盃を手酌で満たして飲み干してく私の手を抑えた。

「ほっといて」
手を振り払って、その拍子に椅子の上で体がぐらつく。
中腰になったソンジンが、素早く腕を伸ばして私の肩を支える。
酔ってる。でもたとえ酔ってても。
「離してよ!」
叫んで腕を振り回すとソンジンはこっちを無言で睨み付けたまま、黙って強く肩を引いて、私を椅子ごとしっかり床に据え直した。

あなたと飲んだこと、なかったね。
1回だけ飲みかけたのはあの、2人で逃げた時。
お尋ね者になって居酒屋で襲われて、飲めないまま店を飛び出したっけ。

あの頃は、あなたの前では飲めなかったの。怖かったの。
チャン先生の前でやらかしたみたいに。
酒の勢いであなたの前でボロボロ泣いて、好きよ、って言いそうで。

だって思いたかった。違うって。知らないって。
無視して、そのまま何もなかったことにしたかったんだもの。
どうせ帰らなきゃいけないなら。離れ離れになるなら。
最初から終わりが見えてる恋なんて、したくなかった。

それなのにあんな風に、心の線を大きな1歩で超えて来た。
私の心の中の一番優しくてあったかいとこに、仏頂面でどっかり腰を下ろしちゃった。

忘れたくても忘れられなくて。 違うって言ってるのに否定できなくて。
無視しようとしても、声がいつも聞こえた。

今でも、こんなに離れても。
質の悪いお酒でこんなに酔っぱらってても、 あなたのことばっかり考えてる。

悪い人。あなたって、ほんとに悪い。

 

誰も待ってる人はいない、真っ暗な部屋の中。
戸を開けて、疲れた足を引きずって、ようやく寝台に辿り着く。

鍼も薬草も脈診も四診も経路も。韓方医学の病名も、症状も。
信じられない。どれだけ勉強すればいいの?
どれだけ勉強すれば、次にあの人を助けられるの?

まず医学書が全部漢字って言うのが、第一の関門なのよ。
ああ、もっと勉強しとけばよかった。あの頃の自分にもし会えたら言ってやりたいわ。

え?韓方?お金にもならないし、時代遅れだし、それに非科学的要素が多いじゃない。
そんな風に思ってた私に。

ねえウンスヤ、騙されたと思って。ん?
お願いだから、やっといてよ。専攻じゃなくていいから。
そうすればどうにか高麗に戻って、あの人を助けるから。
夢の中だけじゃない、どうにかもう一度逢いに行くから。

夢で逢うだけじゃ、もう淋しすぎるの。

寝台に寝転がって、黒い天井に手を伸ばして。

ねえ、そこにいる?

こんなに訊いてるのに隠れてるなんて。
泣くのが大っ嫌いな私を、独りぼっちの部屋の中でこんな風に泣かせるなんて。
肝心な時に、側にいてくれないなんて。

最低。あなたってほんとに。ほんとに悪い人。

 

あなたが殺風景な部屋の中、床に転がってる。
─── 寝てるの?

モノクロのピントずれ、ぼんやりした映像の中。
窓から射し込む白い光だけが、目に痛いくらい眩しい。

私は髪を振り乱して、あなたに向かって駆け寄る。
─── ねえ起きて?

違う。違う。これは夢?

ねえ、起きて。
声は聞こえない。まるで昔の無声映画。なのに何故、私は知ってるの?

あの時、あなたを止められなかった。
あなたが心配してた。このままじゃ私が殺される。

逃げましょう。天門にお連れする。必ずお護りします。信じて下さい。

駄目だって分かってた。
この人には役目がある。守らなきゃいけない王様がいたのに。

私は怖かった。この人への想いより、自分の命が大事だった。
だから頷いた。連れてって。私を帰して。
もうこんな世界は嫌。約束通り帰らせて。

あなたが悲しい黒い目で、私を見たはず。
その淋しい目を覚えてる。

高麗武士の約束。必ず護る。

そんな風に言ったあなたの低い声を覚えてる。

混濁してるの?何?
この映像も初めてじゃない。どこかで見てる。

夢で?ううん、実際に?分からない、分からないけど。
今流れてるこの涙は、夢の中で?それとも現実で流してるの?

そんな風に戸惑う私にお構いなしに、もう1人の私は床に転がったあなたに駆け寄って抱き上げる。
ねえ、どうしてこんなに冷たいの?
どうして何のバイタルサインもないの?
脈は?呼吸は?体温は?心音は? どうして、どうして?
私の声が聞こえるでしょ?聞こえてるなら目を開けて。

抱き起こした冷たい体の重み。この硬さの意味を、医者なら知ってる。
私は泣きながらあなたを呼んでる。泣きながら、その額に唇をつける。

ねえお願い。私が間違ってた、こんな風に行かないで。
私を1人にしないで。こんなのは嫌。絶対に嫌。

お願い、もう一度戻らせて。こんな風に終わらせないで。
もう一度だけ選ばせて。未来を知ってる私に戻らせて。
そうすれば、絶対こんな風に逝かせたりしない。

あなたさえ元気で、笑っていれば、他に何もいらないから。
私の身勝手な喜びが消えても、この心が砕けても構わない。
あなたが元気で笑って生きてくれれば、きっとどこかでまた逢える。

お願いだから戻らせて。
約束したのに私をこんな風に置いてくなんて、許せない。

こんな風に最期にそれを教える、あなたは本当に悪い人。

 

全てを振り切って、天門をくぐった。
そしてまた、あの時と同じ。もう一度戻ってきた江南。
あの時の空、あの時の景色、あの時と同じ電光掲示板。

まるで既視夢。デジャ・ヴの中を何度でも行き来する。
パズルのピースがぱちんと嵌るみたいな、正しい答に辿り着けるまで。

その答の先に、あなたが必ず待っててくれる。
何でもない涼しい顔をして。 帰って来るのが当然だ、そんな笑顔で。

最後のソンジンの声が、まだ耳に残ってる。
いつだってそう。あなたは何度だって逢いに来てくれる。
100年前だって、やっぱりああして来てくれた。

多分今ここに残れば、またきっと来てくれる。
どんな姿でも、どんな時代でも、きっとまた逢える。

その度に私はあなたを探す。喧嘩して、腹を立てて。
そして最後に気が付くわ。ああ、あなただったって。
そしてもう一度恋に落ちる。必ず愛するようになる。

でもね、私はもう待てないの。
いつ来るか分からないその日を待つには、今のあなたが愛しすぎて。
私はあなたほど目がよくないし、見つける自信がない。
あなたみたいに我慢辛抱もないの。見つけられるまで我慢できない。
ただ走る事しか知らない。今のあなたに向かって、ただ真っすぐに。

だから最後に言ってくれたんでしょ?

「ウンス、走れ!!」

私の性格をよく知っててくれるから。

─── 強い想いが縁を結び、切実な願いと想い出が、二人を巡り逢わせる。

きっと逢える。それが運命。
私の進む足は誰にも止められない。たとえこの時代のあなたに逢えても。

愛してる。だから行かせて。あの丘で待ってる、今のあなたに逢わせて。

こんな風に教えるなんて。
こんなにひどく痛む胸と、運命を一緒に教えるなんて。
運動が大っ嫌いな私を、こんな風に走らせるなんて。

あなたは、本当にひどい男。
そしてひどい男を追いかけて、信じる心だけ握って、運命の渦に飛び込む私は本当に面倒な女。

でも知ってるでしょ?もう言ったもの。手がかかるって。
今度こそ、そこにいるよね?

此処に、おります。

そんな声が聞こえた気がして、私はそのままもう1歩。

そして今出たばかりのあの光の中に身を投げた。

 

 

【 나쁜 사람(悪い人) ~ Fin~】

 

 

 

 

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