春花摘 | 山茱萸(前篇)

 

 

【 山茱萸 】

 

 

長かった冬の終わりを歓ぶ、春の息吹に溢れる庭。
この時節の庭は、まるで一方的な碁の勝負のようだ。
根雪は目に見えて場所を土に譲り、夕に宅へ戻ると庭の白は黒へと取って代わられている。

そして白と黒の勝負に色を添える庭の花々。
まだ木々に緑の若葉が芽吹くには早過ぎる。
それまでを愉しめと言わんばかりに、色取り取りの花が咲く。
香で誘う花、色を愛でる花、どの花も一様に春の訪れを知らせながら。

その鮮やかさの中では見落とす程控えめに、ささやかな佇まいの山茱萸が開く。
目を奪う華やかな花弁も、足を止めさせる香りも無く。
しかし射す春の夕陽よりもなお鮮やかに、その木を黄金に染めあげるように。

「これは知らないでしょ、ヨンア」

山茱萸の下、危うげに爪先で立ちながらこの方は腕を伸ばし、下枝を揺らしつつ愉し気に笑う。
「この枝を温めた牛乳に入れて、布で巻いて保温して、かまどの横とか火鉢の側とか、あったかいところに一晩置いておくと」

この方は細い指先で下枝を折り、それを摘まんだまま嬉し気に顔の前で振った。
「何が出来るでしょーうか?」
「・・・知りません」

春の訪れと共に咲く山茱萸。
しかしその木の枝を温めた駱駱に入れるなど、考えた事もない。
首を振った途端
「ヨーグルトが出来るのよ!!」
叫ぶような嬉し気な高い声に小さく身を引く。
「よーぐると」
「うん。秋にグミの実がなるのは知ってる?」
「はい」

黄金の控えめな花とは比べ物にならぬ程、小さな鮮やかな真紅の透き通る実をたわわに実らせる事は知っている。
俺が頷くと
「実には強精作用も止血も解熱効果もあるの。有名な漢方薬剤で、牛車腎気丸や八味丸にも入ってる。
でも私が感動したのは枝の方。あのね、ブルガリアって国にヨーグルトの木っていうのがあるの」

余程嬉しいのか。いつもなら教えて下さる筈の天界の言葉を説明する様子もない。
この方は指先の枝を振りつつ、堰を切ったように天界の言葉で滔々と捲し立てる。

「もともと乳酸菌がつきやすい種類の木なのかも。多分このグミの親戚みたいなものだと思うんだけど」
「木にも親戚が」
「あるわよ!バラ科とか、ナス科とか」

この方は誇らし気におっしゃりつつ、指先の枝をこの眸の前に力強く突き出した。
「ブルガリアではその木の枝を温めた牛乳に入れて、一晩温かい場所 に置いてヨーグルトを作ってた、っていうのは聞いた事があったんだけど。
このグミの枝でも出来るんですって!」

おっしゃる声の中身の半分も理解できん。
唖然として聞き入る此方を気にも留めぬように、山茱萸を見上げてこの方は声を続ける。
「医者としてそういう発酵食品を進めるのは衛生的に不安だから、自分で最初に試してみるつもり。容器や枝を熱湯消毒してからね。
熱湯消毒で乳酸菌が死んだりしないかしら。温度と時間よね、問題は。牛を飼って牛乳が安定供給出来るようになれば理想的だわ。
ラクトフェリンに弱くない限り、乳製品は体にいいんだし。ハードチーズなら日持ちするから、鉄原のテグさんにだって送れる」

天界の言の葉の羅列の中、ようやく聞き覚えのある名に安堵の息を吐く。
「爺ですか」
確かめる俺にこの方は大きく頷いた。
「チーズの作り方自体は難しくないわ。ちょっと・・・残酷だけど。凝固剤が必要で、まだ草を食べない子牛の胃袋を使うのが一番確実。
イチジクとかも使えるらしいんだけど、蛋白質を固めるだけなの。お酢を入れるとカッテージチーズだし、やっぱり消化液が必要なはずよ。
あとは塩があれば大丈夫。チーズを作る前も牛乳を発酵させるからグミの枝の出番も多いし」
「その為に子牛を屠るのですか」
「うーん。骨から肉まで使えるから、わざわざチーズのためだけに殺すってわけじゃないと思うんだけど、でも」

この方は山茱萸の木から瞳を戻すと首を傾げる。
「骨を丈夫にするにも、不足しがちな蛋白質やカルシウムを補うにも、消化や吸収の良さって面でも、牛乳より日持ちするチーズは理想的なのよね。
上手に出来たら、王様にも媽媽にも召し上がって頂きたいし」
「御二人の御体に良い」
「うん、簡単に言えばね」

牛の乳、駝駱を最も容易く手に入れるならば水刺房だ。
王様や王妃媽媽の御膳を確かめた事はないが、御体に良いものの為に子牛の胃袋が必要ならすぐにでも用意はされる筈だ。
ましてや医仙であるこの方の墨付きならば。

この方の捲し立てる言の葉の意味は分からずとも、天界の何かを作ろうと興奮しておられることはよく判る。
そして王様と王妃媽媽の御体に良い物ならば、特に問題はないだろう。
ましてこの方がこれ程作りたがっているものだ。
出来る事ならば手に入れてやりたいと、訳の分からぬだらけの言の葉をどうにかこの耳で追う。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ヨンも大変ね。
    ウンスのおしゃべり 意味もわからないまま
    わかるところだけ 拾って
    理解しようと がんばるけれど
    チンプンカンプン!
    ウンスのすることなすこと
    人のためと… わかった上で
    理解しようとする旦那さま
    やさしいわぁ♥

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    さらんさん
    まったく、さらんさんの知識の広さには驚きました!
    ヨーグルトが山茱萸(この漢字の読み方も、この件で色々検索してわかりましたσ^_^;)の枝を使って作れるなんて、初めて知りました。
    勉強になります~~。

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