堅香子 | 11

 

 

戻った典医寺の部屋の中。
目の前で見た光景よりも、もっと怖い予感。

─── この男が最初の一人ね。あなたをいつも守ってる。

X-womanの声が、耳にこびりついて離れない。
そんな事させない。あなたに手は出させない。
あなたが大切なわけじゃない、そう思わせるなら離れるしかない。

私は黙って部屋を出た。

部屋の前。トクマンさんが珍しく声を掛けないまま、私の後ろに黙ってついて来る。
診察棟の中に踏み込めば迂達赤の皆が、さっき笛で受けた耳の傷を、治療している。

「大丈夫ですか」
私のその声に
「はい、大丈夫です」
そう答えてくれた声を聞き、みんなを後に、私はイ・ソンゲの診察室へと足を進めた。

「・・・ほんとうです」
イ・ソンゲの部屋の外。楽し気なその声に足を止める。誰かが来ている。

中には入らず、扉からそっと覗き込む。

明るい陽射しに溢れた部屋の中、寝台に腰かけているのは大きな鎧姿。
信じられない。未来の歴史しか知らない私には。
あの朝鮮太祖イ・ソンゲが、高麗のチェ・ヨン将軍とこうして笑いながら、楽しそうに、嬉しそうに話をしてる。

 

「迂達赤隊長はすごい方だと、皆がそう申しております。
百人の敵をも倒すと、そう聞いております」
その言葉に眉を顰め苦く問い返す。
「・・・信じるのか」

目の前の若い男は喜色満面で
「信じるだけではなく、見た者がおります。
剣一振りで、数人の敵が一度に倒れたと。あ…」
そう言って、こいつはふと鬼剣へと目を当てた。
「その剣ですか」

握るこの手の中の鬼剣へとそっと手を伸ばし
「鬼剣、ですか」
そう言ったこいつの指が伸び切る前、一度だけ鞘で床を突く。

部屋の中、鞘の金属音が小さく響く。その音に若い男の手が止まる。

「聞け」
この声に丸くなった幼い目が俺へと向けられる。
「はい」
「ひとつ。相手の剣を物欲しげに見るな」
「判りました」
こいつは素直に頷いた。
「ふたつ。敵が百人いたら、尻尾を巻いて逃げろ」
「え」

合点の行かぬと言った声に、俺は奴の額を指で軽く突いてやった。
「斬るべきは大将のみ。無駄な者を斬ってどうする。
争いは不要だ。違うか」
突かれて嬉しげに笑ったこいつは
「確かに、争いは不要です」
そう言った。

この若い男が、いつの日か長じて俺を殺すのか。
何度考えても、何度その顔を眺めても、そんな風には思えん。

腰かけていた寝台を立ち部屋の扉へ踵を返した瞬間、そこに佇むあの方の姿が見える。
目が合い、慌てて逸らすその仕草。
目で追う事すらも、拒まれるのか。
歩を進め、扉の外のこの方の横に立つ。
「耳は」
「大丈夫」
不自然なほどに早い返答。逸らされたままのその瞳。
「あなたの部下の人たちをチェック・・・検査、したけど、重傷者はいなかった。大丈夫だから安心して」
「ええ、奴らは平気です」

俺が鍛えてきた。そして今は奴らより、心に懸る方がいる。
俺の声に此方を向かぬまま、背を向け歩き出したあなたへ
「あの」
そう声をかけ引き留める。
「少しだけ、話せますか」

 

この方が進む回廊を一歩離れ護って歩く。
三歩離れては護れない。
だから離れないでほしいのに。
その足を止める言葉もその資格すらも持たぬこの俺は、離れぬようにだけついて歩く。
「あの者ですね」
離れぬように、そう声を掛ける。
「将来俺を殺すというのは。しかし、そうは思えませぬ」

それでもこの方は、この眸を見てはくれん。
見るだけで安堵するあの笑顔を、浮かべてはくれん。
「王様にお願いしてまいります。
しばらく皇宮を離れる お許しを頂き、共に天門へ」

それでもこの方は笑ってはくれん。
その瞳が、俺を見てくれることも。
「行ったって、天門が開いてる保証はない」
「・・・その通りです」
「チェ・ヨンさんには、王様と一緒にするべきことがある」
「・・・ええ」

そこで初めてこの方の体が此方を向く。その瞳が見える。

「私との約束も、守るのよね」
「ここにいるのは危険です、故に」
「私が未来のことを知ってるから」
俺の言葉が終わる前に、この方の声がそこへ被さる。

「キチョルが私を狙うって、そう言いたいのよね?」
「奴だけではない、他の者も狙います。大勢の者があなたを狙う前に、此処を離れましょう」
「私から一つ聞いてもいい?」
「どうぞ」
「前に私が逃げようとして、よろけた時に支えてくれた人。あれはあなただったんでしょう」

奇轍の屋敷の裏山で。小さな沢沿いの崖の上。
沢道で酔い足を滑らせたあなたの小さな体を支え、道の上へと引っ張り戻した。

あなたは青い衣装を纏い、赤い髪を靡かせ、天女のように美しく、そして酔って幸せそうだった。
奇轍に軽口を叩き、怖いものなど何もなさげに見えた。
そして俺は心を波立たせるもの、苛立ちながらも眸が離せぬ理由が何なのか、全く判らぬままただ守っていた。
無理に天より攫いお連れした。この名を懸け帰すと誓った。己に言い聞かせ、心で唱えながら。

「あなただったんでしょ」
その声にこの方へと眸を戻す。
「あの日、もし私の身が危険だったら、助けるために戦った?」
「・・・誓ったのです」
「私を守る、必ず帰すって?」
「・・・はい」
「あなたは、キチョルに絶対に勝てるの?」
「無理でしょう。おそらく負けます」

先刻受けた氷功を思い出す。
今も胸にくっきりと残る凍った肌の青い色。
力の差は歴然だ。このままならば、俺は恐らく負ける。
「この世界で負けるってことは、死ぬって事よね?」
「負ければそうなります」
「・・・分かったわ、私も考えてみる」

最後に小さく息を吐き、そう言ったこの方は、一体何を考えると言っているのか。
「もう」
俺を残し立ち去ろうとする背に最後に問いかける。
「笑っては下さいませんか」

この方が離れた俺に振り返る。
これ程離れて、まだ護れるだろうか。
「俺の前だから笑わぬのですか。 それとももう、笑えませんか」

何も答えぬまま踵を返し、離れて行く小さな背。
これ程離れて、まだ間に合うだろうか。
まだそこへ駆けつけ、護れるだろうか。

 

 

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4 件のコメント

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    さらんさん、今宵も待ちに待ったお話をありがとうございます。
    切ないシーンですね…。
    最初はぎゃんぎゃんと騒いでいたウンスが、自分のことしか考えなかったウンスが、ヨンの身を案じるようになって…。
    案じるあまりに、ヨンへの思いまで閉ざそうとして…。
    ああ、切ないです。
    イソンゲとヨンの宿命を知っているウンスですが、さらんさんのお話の中では、その辛く悲しい未来が、できるだけ遠くにありますように。
    さらんさん、今宵もゆるりとお過ごしください。

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    あ~ ここも切なかった
    ウンスの笑顔が どんなに
    心を癒すのかわかりはじめで…
    でも そんなこと口にできなくって…
    じれじれ~ 
    思いと裏腹な行動にでる じれじれ~
    (→o←)ゞ

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
    じれじれ~あははは!そうそう、このあたりから
    一気にじれじれ、とか切ない、とかキーワードになって来る頃ですね❤
    懐かしいです。
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >muuさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
    【堅香子】【久遠】は、次に来る【紅蓮・勢】の為の
    ホップ・ステップだったのです。
    もう次に李 成桂を出すときは、ある程度は憎まれっ子になると
    決まっていたので、あの時の子が…という下敷きで。
    【紅蓮・勢】ではまだヨン寄り、ヨン好きのソンゲ君ですが
    端々で ん?というところを散りばめたかったので、
    結果あんなに長くなったという・・・
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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