吾亦紅 ｜ 7

脈診を習った後、薬房を出て庵に向かう。
何故彼の手首に触れた瞬間に、私はあれほど驚いたんだろう。

実習から研修医時代、病院でも、そして高麗でも、脈を取るのは私にとっては日常茶飯事だった。
今まで何万回も他人の手首に触れたのに。

理由が分からない。

そして私が驚いてあの目を見つめた時。
全く同じタイミングで、同じくらいの驚きを湛えて私の目を覗き込んだ、あの男のあの瞳。

彼は何故、あれほど驚いたんだろう。

そこまで思って首を振る。
もうやめよう。答えの出ない問題は考えない。
今やるべきことはこの時代で生きるための、人を生かすための、医術を身につけること。
今知りたいのは、いつ帰れるか。
いつ私のあの人に会えるか。ただそれだけ。

******

あの薬房に通い詰め、私は患者の人たちの脈を薬房の主のおじさんに教わりながら、毎回診る。
そのたびにおじさんがメモを取り、細かく教えてくれる。

脈の証は5種類、虚脈は気虚、細脈は血虚、弦脈は気滞、滞脈は血才、滑脈は痰湿。
そして脈象の28種類。
浮脈類、沈脈類、遅脈類、数脈類、虚脈類、実脈類、一覧表を作っていつも懐に入れておく。

右手の三本の指の寸は肺、関は脾、尺は命門、腎陽。
左手の寸は心、関は肝、尺は腎陰。

モニタが数字を打ち出すんじゃない。
パルス波形がみられるわけじゃない。
自分の指が読み取らなきゃいけない。
頭の中でモニタを連想しながら脈を感じる。

帰りの雪道はいつも真っ暗で、街灯なんて、勿論一つもない。
油灯を入れた行燈を片手に、寒い道を帰る。
学生時代も、実習や講義で遅くなったうえに図書館で調べ物をしてたら、帰りは夜中近かった。
医者になれば学生時代よりはましだろうと思ったら、今度はいつ終わるともしれない長い外科手術の連続で。
深夜どころか病院の研修室の汚いベッドで、何回同僚の研修医たちと雑魚寝で夜を明かしたか。

庵までの道を辿りながら、あの頃を思い出して苦笑いする。

あーあ、教えてあげたい。ウンス、あんたそれでも今は恵まれている。
もう少ししたら、電気も抗生物質もない高麗時代で、大きな手術することになるわよ。
チェ・ヨン将軍と恋に落ちて、最初から勉強をやり直すことになるんだからね。
それもヒポクラテスの誓いじゃない、華侘よ、華侘。
実在すら怪しい中国の神医が相手なの。
西洋医学なんて全く無関係よ。
今のうちに韓方を勉強しなさい、悪い事言わないから。

庵の扉がきしみながら開くとき。
一歩真っ暗な室内に足を踏み入れる瞬間だけ、忙しくして、フタをしてる気持ちが溢れ出る。

ねえ、そこにいる？

暗闇の中でもあなたがいればすぐにわかるはず。
あなたのあの香りを、必ず感じるはず。
あの暖かい息が、闇を縫って届くはず。

寝台に倒れ込んで泥のように眠る。
夢も見られない。
それでも逢いに来てくれる？

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