雲従龍 風従虎 | 6

 

 

「テマナに頼んで北方の国境隊と共に、遺体回収を。それで良かったですか」
隊長にも副隊長にも許可なく決めたその判断。 隊長に
「よく決めた。それでこそ逝った奴らも報われる」
そう言ってもらえたのだけが嬉しかった。

憎かった。殺してやりたかった。息絶えた姿を見た後の今だってそうだ。
テマンを諌めた後の今だってまだ何処かで納得できずに、肚の中に黒い塊が残っている。

隊長に褒めてもらえたのだけが嬉しかった。
感情のまま動くんじゃなく冷静に動くんだよな、チュソク。
最良の方法で隊長を守らなきゃいけないんだよな、トルベ。
そうでなきゃ、先に逝ったお前らに顔向けできない。

荷馬車で北方基地に向かう帰り道。
隊長はやっぱり辛そうに荷台の上で、いつもより一段と無口になっている。
空を見上げた後に目を閉じた隊長の視線を追って、その青さを見上げた。

隊長を連れ戻せた嬉しさと安心感。
でもいつもならこんな時真っ先に隊長に駆け寄るはずのお前らがいない不安な気持ち。
トルベ、チュソク、こんな風にしてだんだん慣れていくのかな。
お前らがいなくなった後のこんな風景に。

お前らに会いたいよ。お前らに聞きたいんだ。
俺やテマンじゃまだまだ足りない事だらけだ。
トルベ、お前やチュソクや、先に逝ったみんなみたいに、どうやったら隊長を守れるのか教えてくれよ。

荷台で隊長を支える手が、今だって震えている。
こんなんじゃ隊長に教えてるようなもんだ。
悔しい、腹立たしいと、伝えてるようなもんだ。
こんなんじゃきっと駄目なんだ。

もう俺を弟みたいに乱暴に可愛がってくれるお前らはいなくて、俺たち残った皆で、これから先一緒に隊長を支えて行く。
急がなきゃならない。
お前らが俺くらいの歳だった時、お前らは今の俺よりずっとずっと隊長を分かってた。
全くゆとりはなくて、この先の見通しも立たなくて、お前みたいな槍の腕も、チュソクみたいな剣の腕もなくて。
ただ悔しいくらい、歯痒いくらい非力で役に立てずに、お前らを失った穴をどう埋めるか考えるのが精いっぱいで。

今はまだ何もかも、よく判らないんだ。
失ったものばかりが思い出されて前に進めない。進み方がわからない。

それでも荷台の上、寄り添う隊長の体だけは揺れないように。
空を見上げた視線を戻し、俺は支える手に強く力を込めた。

 

「隊長!!」
北方の国境隊基地の門へと走る馬車に向かって大声で叫び、テマンがこっちへ真っ直ぐ駆けてくる。

「隊長、隊長!!」
俺は慌てて手綱を引いて、馬を急停止させた。
「旦那を乗せてんのに、危ないだろう!」
こんなに急に止めさせて、傷に障ったらどうすんだ。

その声を聞くこともなく、テマンは目に涙を浮かべて
「隊長、隊長、だ大丈夫ですか隊長!!」
その目を片手でごしごし拭いつつ、残る片手で荷台の幌枠へと手を掛けて身を乗り出し中を覗き込んだ。
「・・・おう」
ヨンの旦那が静かに返す。
「国境隊長たちが待ってます。まずは早く」
「お前が止めさせたんだろうがよ!」
「うるさいシウル!このぼろ車を早く出せ!」

その言葉に俺が鞭を入れると、馬はそのまま走りだす。
テマンは荷台の横板に足を掛け、器用に片腕で幌枠を握り、旦那を心配そうに見つめる。

そのまましばらく馬車に掴まり、首を伸ばして先を見た後
「もう少しです、隊長。もうそこです」
兵舎の門まで近くなったところでテマンが言って、走る馬車の幌枠から手を離して地面に飛び降り一目散に走り始めた。
「危ないって言ってるだろうが!」
「うるさいんだ、いちいちいちいち!」
俺の叫びにもっと大きな声で怒鳴り返すと、
「今、迎えを呼んできます!!」

そう言いながら馬車を追い越し、基地の門へ駆けて行く。
馬を追い越すあいつ、どれだけ速いんだよ。
あっという間に小さくなっていくその背中を、御者台から俺は呆気にとられて見送った。

 

「戻ってきたぞ!」
「隊長!」
「隊長!!」
「隊長!!」
北方基地の門が近付いて、門の前の人だかりと声に驚くようにシウルが馬の速度を落とす。
「おいおい、何だよありゃあ」

ヨンの旦那を支えたまま呟いた俺の声に、逆から支えるトクマンが
「何って、出迎えだろう」
叫ぶ顔を確かめるよう、門の前に並ぶ面を見てそう言った。
「みんな待ってたんだ、隊長のことを」
「そうか」
俺が頷きながら見ているうちに、荷車は兵舎の門に横着けされた。
兵たちが我先にとその荷台へと駆け寄って来る。

「大事ないですか」
「揺らすな」
「静かにな、静かに運べよ」
「待てよ、俺も運ぶ」
「俺の方が力があるだろう」
「担架をもっと近づけろ」
「待て、まずは隊長を荷台から」
「傷に障らんようにな」
騒ぐ兵たちの後ろから、一際大きな影が近付いてくる。
「邪魔だ!」
その太い一喝に、周囲の兵がぴたりと静まる。
「お前らの声の方が隊長の傷に障る」
「すみません」

兵たちが開けたその道を、鎧姿の、顔に大きな疵を持つえらい迫力の男が、肩を揺らしながら大股で寄ってくる。
そして荷台のヨンの旦那を、次に支える俺たちを、厳しい目で見た。
何だよ、旦那になんかする気じゃねえだろうな。そんな恐ろし気な目ぇしやがって。
俺がぐっと睨み返すと、その目がほんの少し優しく垂れた。
「迂達赤隊長の迎え、ご苦労だった」
「隊長、国境隊長です」
テマンが荷台に手を掛けよじ登って、ヨンの旦那に声をかける。
「対面は初だな」

ヨンの旦那のその声に、目の前のでかい鎧姿が会釈する。
「話は聞いています。皇宮から早馬の伝達も届いていました。お会いできて嬉しいです」
差し出された分厚く大きな手を、ヨンの旦那が握り返した。
「面倒を掛ける」
「とんでもない」

口元を綻ばせて首を振った国境隊長という男は
「すぐに部屋に運べ。休んで頂く」
周囲の兵たちの顔を見回し、そう言った。
「はい!」
兵たちがその強面の男の声に頷いた。

「チェ・ヨン!」
国境隊長の横に控えた、別の男が旦那に声を掛ける。
「アン・ジェまでか」
旦那が苦々しげにぼそりと言った。
「迂達赤。チェ・ヨンはどうなんだ」
旦那には答えず、そいつはトクマンに確かめた。
「傷は深いようです」
「そうか」
「王様に早馬を出したのですが。何故鷹揚隊がここに」
「王様が我慢の限度を超えられてな。龍虎隊と入れ替えに俺たちが派遣された」

いろいろ出て来て大騒ぎだな。
その何とかいう兵と話すトクマンの声の途中に
「トクマニ」
ヨンの旦那がそう声を掛けた。
「手を離せ」
「隊長!」
「離せよ」
「無茶は駄目です、老師様も」
「チホ、お前も」

俺たちが渋々旦那を支えた手を離すと、旦那は荷台の上でその上半身をゆっくり起こした。
周囲の全員の目が一斉にそこへと当たる。
「心配かけた」
その普段の半分も勢いのない声に、周囲はしんと静まり返る。
まるで旦那の一言も、逃すまいとするみたいに。

「生きてるぞ」
その声に集まった兵の顔が泣き笑いに歪む。
「だから、お前ら」
最後に深く静かに息を吸い込んでしばらく肚に溜め、旦那は今の精一杯だろう声を張りあげた。

「さっさと全員役目に戻れ!」

その一声に、兵の奴らは一斉に深く頭を深く下げ
「はい!!」
と、声を返した。

 

 

 

 

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