雲従龍 風従虎 |3

 

 

「老師様」
暫しの外出から戻ってきた若い男が、こちらに向かい呼びながら、洞の中を駆けてきた。
「ほいほい、何だね」
その問い掛けに若い男は、思い出したように頭を下げると
「さっきは慌ててしまって、申し訳ありませんでした」
そう言って、チェ・ヨンの布団の横に改めて膝をついた。

「高麗の皇宮近衛隊、迂達赤隊員のトクマンと申します。
隊長を助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「いやいや、なになに」
「門の前には謀反を起こし逃亡中の者が事切れています。これから兵を集め、隊長を迎えに参ります。
その時までもう数刻、隊長をお願いしても良いですか」
「ふむふむ、良いともさ。ただし遠くはまだ無理だぞ。何しろチェ・ヨンは半分凍って転がっておったのだ」

その声に、若いトクマンという男は頷いて言った。
「はい。まずは国境の基地まで運んで、そこでしばらく療養頂こうかと」
「そうかそうか、それくらいなら良かろう」
「では兵を呼んで参ります。どうか隊長を、宜しくお願いします」

どれほど心配なのかトクマンは何度も何度もチェ・ヨンを振り返る。
そして最後に振り切るようこちらへ頭を下げると、洞を駈け出して行きおった。

良い良い、それほど慕われるとは幸せな男よ。
しかしこの風、これほどの風を動かす男には、長く修行をしていても滅多に会えるものではない。
第一、従っているのは生きる者だけではない。
彼岸の者まで慕わせるとは、たいしたものだ。

見たいのう、見てみたいのう、この男の行く末を。
これほど風を従える虎のその先を。

 

*****

 

「テマナ!!!」
街道の待ち合わせの宿屋へと馬で駆け込むと、奴の馬はもうすでに、宿の厩舎に繋がれていた。
それを確かめ庭で叫べば、庭に面した扉が大きく開き、テマナとともにシウルとチホが顔を覗かせた。
「隊長がいたぞ!!!」
その声に、三人が無言で部屋を駆け出てきた。

シウルが御者台に座るその馬車、いや、馬車というより荷車に毛が生えたようなその荷台。
宿の厩舎の飼葉の藁を、できるだけぶ厚く敷き詰める。
「なんでこんなおんぼろを!」
「贅沢言うな、手に入れられただけましだろ」
「隊長はまだ起き上がれないんだぞ、これに寝かせて運ぶつもりかよ!」
「俺たち三人でヨンの旦那を支えて揺れないように」
三人の男たちの口論に、俺は割って入る。
「いや、待ってくれ」
「何だよトクマニ!」
声の途中ですでに喧嘩腰のテマンが怒鳴る。
「隊長は俺と、チホとシウルで迎えに行く」
「ふざけるなっっ!!!」
今やそのテマンの額には青筋が浮いている。

気持ちはわかる。わかるが。
「聞けってテマナ。天門で奇轍が死んでる。連れてこなきゃならん。
反逆者とはいえ府院君だった男だ。元の奇皇后への体面もある。
王様がどうするおつもりか、伺わなきゃいけないからな」
俺のその声にテマンは
「ふざけるなよ、あんな男野晒でいいだろう!
チュソクもトルベも侍医もみんなもあの男にやられたんだぞ!」
怒り心頭で唾を飛ばしそう叫んだ。その顔に
「だからだ!」
俺は怒鳴り返した。

「良いかテマナ。俺だって死んだ今からでも、奴の首を落としたいくらいだ。
だけど、しない。だからこそ俺たちは名分が出来るんだ。
仲間を殺されても遺体を連れて帰ったって。府院君に対して最低限の礼節は守ったって。
だからお前は国境隊まで走って、王様への早馬の手配と隊長の滞在の話、あとは府院君回収の兵を連れて来てほしい。
良いか、判ったか」
俺の気迫に呑まれるように、テマンは渋々頷いた。
「王様への早馬、隊長の滞在、兵」
「そうだ」
「わかった」

指を折りながら走り出したテマナを見ながら、次に俺はシウルとチホに向き合った。
「手裏房へ鳩を飛ばしてほしい。隊長が見つかったと。きっとみんな、心配してるだろ」
「お、おう」
その声に我に返ったようにチホが頷く。
「ちょっと待ってろ、手配するから」
そう言ってチホは走り出したが、急に止まって振り向くと俺たちを指さして
「待ってろよ、絶対先に行くなよ!! 俺だって旦那に会いてえんだからな!!」
それだけ言い残して、慌てて駆けて行った。

「お前ら揃いも揃って、興奮しすぎなんだ」
さっきの老師の洞での叫びを聞かれていないのを良いことに、俺は首を振って言った 。
「何でだよ、良いことだろ」
シウルがにこりと笑ってそう言った。
「みんな嬉しい。旦那が無事で。良いことじゃないか」
「・・・ああ、そうだよな」
そうなんだ、良いことなんだ。だけど。

「だけど、シウル」
「何だよ改まって、気味が悪いな」
「医仙は、いなかった。多分天界にいるんだ」
その俺の声に、シウルの笑顔が中途半端に歪んだ。
「・・・そうか」
「それを、隊長に言わなきゃいけないんだ」
「うん、そうだな。でも」

シウルのその声に目で問い返すと、
「俺の知ってる旦那は、天女が死んでないなら、一生待つさ」
奴はそう言って天を仰いだ。
「きっと天女もすぐに戻ってくる」
「ああ、そうだな」

そうだ、シウルの言うとおりだ。 俺たちが信じないでどうする。
医仙は必ず戻ってくる。隊長は必ずそれを待ってる。
大丈夫だ、あの二人は大丈夫だ。
「よし終わったぞ、早く行こうぜ!!」
遠くから駆け戻ってくるチホの叫び声が聞こえる。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさん、体調どうですか?
    無理は禁物ですよ(⌒‐⌒)
    今回はどうなるんですか?二人は。ドキドキです。どえりゃあ古いスマホを叱咤激励しながら読ませてもらってます。

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    さらんさん、今宵も素敵なお話をありがとうございます。
    ヨンが倒れている間に、愛しいテマンやウダルチ達が機敏に動いていたんですね。
    なによりも、毎度毎度抜けたことばかりをして怒られていたトクマニの、なんと素晴らしい采配ぶり!
    ここぞという時には、しっかりできるんだねえ…と感心しました。
    それもこれも、ヨンが目をかけてきたからなのでしょうね。
    さらんさん、そろそろGWですね。
    今日はいかがお過ごしでしたか?
    すっかり夜更かししてしまっていますが、お互い、良い夢をみながら良い睡眠がとれますように。

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