雲従龍 風従虎 | 5

 

 

「隊長!!」
「旦那!!」
口々に叫び洞へ踏み入ってくる足音に、首から上で振り返る。
トクマン、チホ、シウル。
三人が我先に洞へと走り込むその姿に、かすかに眸を瞠る。
「お前ら」
その声にすら答えずに
「隊長!!」
トクマンがそう叫んで、俺に抱き付いた。
「旦那ぁ!」
「ヨンの旦那、何だよ!何してんたんだよぉ!!」
シウルとチホが、トクマンの上から折重なるように団子になった。

「お前ら、どうやって」
どうやってこの洞を知ったのだ。何故此処に俺がいると。
「老師様が教えて下さったんです」
トクマンのその声に、老師へ目を向ける。老師は涼しい顔をして
「いやいや、風が呼んだでな」
そう言って、にこりと笑った。

「マンボも師匠も心配してるぞ」
シウルがそう言って、トクマンごと俺を揺さぶる。
「馬鹿、隊長を揺するな!」
トクマンがシウルにそう叫ぶ。
「手裏房には鳩を飛ばしたからな」
チホがそう言って俺の顔を覗き込んだ。
「きっとみんなも読む。安心するだろ」
「ああ」
「王様には北方基地から早馬を出すよう、テマナに頼みました。まずは隊長、基地で療養してください」
「それは良いが、お前ら」
「はい!」
「何だよ」
「何なんだよ、旦那」
「怪我人の耳許で、わんわん騒ぐな」

そう言う俺にそこにいる皆が一斉に笑う。
その笑い声が、伽藍堂の洞に静かに広がっていく。

「老師様、本当にありがとうございました」
俺を左から支えたトクマンが、老師へ深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
右から支えるチホが、そう言って同じように礼をする。
「本当に、ありがとうございます」
後ろからこの背中を支えるシウルも、大きくそう言う。
「何の何の」

洞の入口に着けた荷車の前、老師はそう言い首を振った。
「儂はいつでもここにおる。チェ・ヨン、またおいで」
「はい」
「儂の言葉を忘れるな」
「はい」
「弟子に」
「いえ」
俺は即座に、首を振った。
「煩悩だらけ故」
振られたこの首を見ながら、老師が大きく笑んだ。
「そうじゃな、まだまだ悟りには程遠い」
「はい」

三人に支えられ荷台へと乗り込んだところで、老師は俺を見る。
「無理はするな。札で抑えたが、深い業が残した傷じゃ。
癒すまでには時間もかかろう」
重いその声に、俺は頷いた。

満たせぬ欲が残した傷。あの方を護れず負った傷。
それでも乗り越える。あの方が戻る時、心配させる訳にはいかん。
「大丈夫です」

あの方が戻ると知っている限り。この懐に天界の薬瓶がある限り。
此度はその瓶に思い出を詰めながら、俺はその帰りを待ち続ける。
一日に千回でも思い出し、万回でも願いながら。

荷台の藁の上に乗せられた俺の体を、トクマンとチホが両側から動かぬようにしっかり支える。
俺を乗せ終えたシウルが、御者台へと回り腰掛ける。

老師が頷く中、馬に曳かれて荷車が動き出す。

荷車はすぐに木立を抜けて、明るい空の下へと進み出た。
空を見るのは久々だ。
最後に見上げた青い空、落ちて来た雨を思い出す。
「隊長、大丈夫ですか」
空を見上げる俺に、トクマンがそう声を掛ける。
「ああ」
「実は」
トクマンは言い淀みながら
「医仙はどこにもおられず、おそらく、天界に」
「知っている」

天を向いたまま、それだけ答える。
「・・・え」
俺の返答に、トクマンとチホが同時に呟いた。
そして御者台からシウルがこちらを振り向く。
「知ってたのか、旦那」

そのシウルの声に
「前を向け」
俺はそう言って目を閉じる。
「府院君だけが、天門前で事切れていたのを見つけました」
トクマンが続けてそう呟いた。
「そうか」

あの方を追いかける事はなかったのが救いだ。それだけに安堵しわずかに息を吐く。
「テマナに頼んで北方の国境隊と共に、遺体回収を。それで良かったですか」
その声に俺は頷く。
「よく決めた」

お前の肚の裡は判る。今までを考えればその亡骸を踏みつけても足りぬほど憎かったろうに。
「それでこそ、逝った奴らも報われる」
「・・・はい」
トクマンの声が、わずかに震える。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    さらんさん、昨晩もお話の更新、ありがとうございます。
    コメントを書きながら、寝落ちしてしまいました(-。-;
    ヨン、皆んなに大事にされて、内心は嬉しいはずなのに、体面上、素直になれないのですね。
    そして、これから4年、ウンスを待ち続ける日々が始まるわけですねえ~。
    以前友人から貰ったメッセージカードに、「信じることは、自分への覚悟である」と書いてあり、大きく感動したことがあります。
    まさに、ヨンとウンスのためにある言葉だと思いました。
    さらんさん、週末は病院内も普段と様子が違うでしょう?

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