或日、迂達赤 | 始まりの日

 

 

【 始まりの日 】

 

 

迂達赤が訓練所に整列している。

現在の役目や歩哨についた兵を除く、総勢約二百名。

新しい隊長の就任式。
就任式なのだから就任した日にやることだろうが、当の隊長がその日から四日間も寝ていてはどうしようもなかった。

チュソクは整列したまままだ見えぬ隊長の姿を捜し、五十人の甲組を背後に従えて兵舎の方に首を伸ばす。
整列している隊員らもかすかにどよめいている。

おいおい。まさか まだ寝ているのではないだろうな。
チュソクはその場を離れ、 副隊長のチュンソクの処へ歩み寄った。
「副隊長」
チュンソクも心配そうに眉根を寄せ
「さっき部屋に行ったら、姿が見えなかった。また寝直した訳ではないと安心してたが」
と、チュソクに応えた。

 

全く、なんて厄介な隊長だ。
王様の近衛である迂達赤には役目が山積している。
あの隊長の様に、高鼾で悠長に寝ている暇はないのだ。
チュンソクは胸内で呟き、溜息を吐く。

そこに門の外から悠々と、大股で兵舎に向かってくる丈高い人影が目に入る。

「隊長!!」
チュンソクが呼び掛け、人影に近寄る。
「昨日もお伝えしました。今日は隊長の就任式です。兵に顔見せを」
「顔見せ。何だそれ」
隊長は怠そうに返す。

「これから生死を共にする者たちです。隊長の顔を知らなければ話になりません」
チュンソクの声に隊長はふむと頷くと、そのままふらりと整列した兵の前に進み出た。

二百人の兵が、一斉に其処に目を注ぐ。
「チェ・ヨンだ」
兵たちが一斉に敬礼姿勢を取る。
「俺のやり方はただ一つ。お前らを死なぬ程度に鍛える。
迂達赤は出自の良い奴が多いと聞いたが、俺は知らん。
家柄や身分は十五番目」

いきなりの切り口上に兵たちがざわめく。
迂達赤は歴代の王の最近衛として、確かに貴族や権勢門下の子息が多く所属していた。
「縁故は百五番目」
怠そうに続ける隊長の言葉に、どよめきが大きくなる。

「一にも二にも実力だ。それ以外は関係ない」
はっきりと言い切ると、再び今来たばかりの兵舎へ足を向ける。
「隊長!また寝るんじゃないでしょうね」
慌てて声を掛けるチュンソクに手を振りながら
「寝ない。お前らの実力を見る。四半刻後。それぞれ一番得手な武器を用意して、訓練場で待てと伝えろ」

そう言って、振り向きもせず兵舎に向かう。
チュンソクとチュソクは呆気に取られ、遠くなる後姿を黙って見送った。

 

四半刻後。
刀、槍、弓など、各々の得手の武器を手にした迂達赤が中庭にずらりと整列した。

そこへ鎧を着けた隊長が入って来る。兵たちを見渡すと
「弓を持った奴、的前に並べ」
と指示を飛ばす。

弓を手にした隊員が的前に整列する。
「一人一本で良い」
隊長はそう言うと的前に歩いて行く。
そして的の真横に立ち、何事もないように言った。
「一人一本、射ろ」

「隊長!」
チュンソクが慌てて的横の隊長に駆け寄る。
「此処で見るのですか」
「おう」
隊長が不思議そうにチュンソクを見返す。
「いや、此処では危険でしょう」
「危険」
「的の真横では」
「何言ってる」

言いながら隊長は大きな掌で、的面を叩く。
「的を射るんだろ?俺をじゃない。
この的から矢が外れる隊員など要らん」
チュンソクが思わず
「そ、それはそうですが」
と口ごもる。

「さっさと射らせろ。何人分見ると思ってる。良いか副隊長、俺はな」
そう言ってチュンソクに顔を寄せ、その眼を睨んだ隊長が怒ったように続ける。

「眠くて虫の居所が悪いんだ」

 

隊長が仁王立ちした真横の的に、隊員が一人矢を射る。
「五十本」
一人目の隊員が射た処で、的横から隊長が大声で言うのが聞こえた。
「は?」
「お前、一日五十本。的前で射ろ。次」
二人目が射る。
「三十五本。次」

三人目の隊員が射た弓がわずかに逸れ、隊長の顔の横で的に刺さる。
隊長は瞬きもせず刺さった矢を見た後、射た隊員に眸を移し言った。

「百五十本。次」

 

弓隊が終わると隊長は次に槍を構えた兵を揃えて、訓練所に立たせた。
その中にはトルベがいる。
居並ぶ隊員の間を隊長はぶらりと歩き出す。

「槍の得手は距離。剣よりも遠くの敵を刺せる。代わりに小回りが利かん」
そして槍隊の前で声を張る。
「二人ずつ組め。今から三十交打」
副隊長が組になった兵に掛け声をかける。
「一!」
組合った同士が槍をぶつけ合う。
「二!」
隊長はその様子を黙って眺めている。
「三!」

六打目で一人の隊員がうまく合わせられず、手から槍を取り落とす。

「副隊長、槍を貸せ」
そう言うと隊長はチュンソクが渡した槍を受け取る。
槍を落とした兵に
「一日五十回突け。槍がお前の手にならねば、次は本当に手を落とす」
槍を落とした隊員を下がらせ、代わりに打ち合いの兵に対し己の槍を構える。
「七!」

十を超えると取り落とす兵が増えてくる。
そのたびに組を変え交打が続く。
三十を数えた頃、手の中に槍が残っている隊員はトルベを含め数えるほど。
隊長はチュンソクへ向け、握る槍を無造作に返しながら言った。
「今までに槍を落とした奴らは一日五十回。残った奴は二十回突け」

 

最後に剣を構えた隊員の前に進み出た隊長は言った。

「俺にかかれ」

何をいきなり言い出すか、この人は。
チュンソクは口を開けて隊長の言葉を聞く。
「て、隊長。それはいくらなんでも」
「本当に煩いな。 俺がやれと言ったらやれよ」
「しかし、八十名はいますよ」

並んだ兵たちを見渡して、隊長は頷いた。
「迂達赤は、剣が得意な奴が多いのか」
副隊長はその問いに頷いた。
「ええ、やはり実戦には剣を使うものが多いです」
「楽しみだ」

隊長は腰から音高く己の剣を抜き、隊員の前に立った。
「一人ずつ来い」

そしてチュンソクに目を遣り
「何時でも良い」
と合図する。

この人は、本気か。
それとも迂達赤を嘗めているのか。
チュンソクは半ば自棄になり、一人目の兵に頷いた。

「始め!」
兵が隊長へ剣を振りかぶった瞬間。
隊長の剣先がその兵の咽喉元にぴたりとつく。
兵は動けなくなり、剣を振りかぶったまま体を固める。

「おい、副隊長。実戦で剣を使う奴が多いと言ったな」

そのままの姿勢で振り返る隊長が尋ね、チュンソクが頷く。
「実戦でこんなに振りかぶったら首を掻かれて終わりだぞ。
大丈夫なのか」

そう言うと隊長は剣を引き、その兵に告げる。
「素振り。一日百。次」

 

交打出来る奴が出て来ないまま、時だけが過ぎていく。
最近衛といったところでこんなものか。
ヨンはそう思いながら剣を振るっていた。
髪の毛どころか袖に掠る奴すら禄にない。

次に剣を構えて目前に立つ兵を見遣り、その眸がかすかに開く。
こいつはなかなか出来そうだ。

 

チュソクは剣を構え、隊長の前に立っていた。
元赤月隊の最年少部隊長だと聞いたが、どれほどのものか。

隊長が剣を構え直す。
その眸の色が変わったのを敏感にチュンソクは見て取った。
「始め!」
頼む、おかしなことをしてくれるなよ。

 

剣ががっちりと正面で組む。
チュソクは自慢の腕力でじりじりと隊長の剣を押す。
隊長は構えたまま後ろに飛び、力を逃してそのまま間合いを詰め打ちかかる。
チュソクはそれを横に受け流し、再度上段から隊長に打って出た。

三十交打が終わった。チュンソクは慌てて
「や、止め!」
と声を上げ、隊長とチュソクを分けようと間に入る。
「三十交打、終了です隊長!」

隊長は初めてそれに気付いたように、一歩下がって剣を鞘に納める。
そしてチュソクを見て、その眼許が初めて少し緩んだ。
「名は」
「甲組組頭、コ・チュソクです」
チュソクも剣を己の鞘に納め額の汗を拭うと、歯を見せて笑って頭を下げ名乗る。
「俺は」
「知っています。チェ・ヨン隊長」

そうだな、とヨンは頷く。
「あとはお前が見ろ」
「は?」
俺も疲れているのに、残りを見ろだと。
チュソクは自分の後ろに控えた十五人ほどの兵に目を遣った。
こいつらを全部見ろという事なのかと。

チュソクはそれだけ残して訓練場を後にする隊長の背中を見送り、困ってチュンソクに目を移した。

 

ヨンは兵舎に向かいつつ、此処に来て初めて少しばかり明るい気持ちになった。

何だよ、出来る奴もいそうだ。少しは鍛え甲斐があるな。
おまけに剣なら、あのチュソクとかいう奴がいる。
後は勝手にやれば良い。

さて、寝るとするか。
ヨンは大きな口を開け、欠伸をした。

 

 

【 或日、迂達赤 | 始まりの日 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

ここから始まるお話の為、ひとまずUPです。
おそらく或日、迂達赤&甘い夜の単発UPが3日ほど続きます。

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