或日、迂達赤 | 瞋恚

 

 

【 瞋恚 】

 

 

四日間寝続けた後。

起きて来た隊長が赴任の挨拶もそこそこに、隊員たちの腕試しとやらを行った。
それも自身が的前に立って弓を射らせたり、剣の相手をしたりと、いかにも風変わりな方法で。

唯一隊長と剣で三十交打したチュソクがあれ以来すっかり隊長を気に入ったのは、正直予想外だった。

「隊長は凄い」
チュソクはあの腕試しの後、俺に言った。
「あれほどの使い手に、俺は遭ったことがない」

確かに隊長の剣術はずば抜けておるが、お前とて迂達赤一の使い手だろうが。
俺が言うと、チュソクは首を振る。

「副隊長も組めば分かります。隊長は凄い。俺とは格が違った」
そう言ってすっかり隊長に心酔している様だ。

そしてトルベが続く。
「副隊長、隊長と組めば分かります」

今まで槍以外には女人にしか興味がなく、おまけに女人相手に本気で槍を振るえずに、武閣氏相手の武芸大会では勝てなかった奴が。
隊長が赴任してきた後の大会では確りと勝ち、その後は一目散に隊長に駆け寄って何を言うかと思ったら
「俺、嫌われますかね、隊長」
そんな事を相談して、隊長に知らんと言われ、がくりと肩を落としている。

トルベとて槍では迂達赤でも一、二を争う使い手だ。
その二人が心酔し隊長隊長と懐いていけば、隊全体の雰囲気も倣う。

そしてあの酒幕での一件だ。
隊長が今までの隊長とは全く違うと気付いた俺達は、気づけば隊長と呼ぶことにも慣れ、そして隊長も不愛想に
「おう」
と答えるようになっていた。

しかし俺は未だ隊長と組んだことがない。
共に相手をぶちのめしてはいても、所詮相手は町のごろつき共だ。

組めば分かるのだろうか。

そしてその日は、思わぬ形で訪れた。

 

*******

 

禁軍の衛隊長が、迂達赤兵舎を訪問した。
新しい王様の護衛の兵の配置について迂達赤隊長と面会したい。
そんな申し出だった。

そもそも禁軍と迂達赤とは犬猿の仲だ。
皇宮を守る禁軍にしてみれば、王様の護衛に専念する小隊の迂達赤に何かといえば真先に声が掛かり、精鋭と呼ばれるのが気に障るらしい。
我らにしてみれば皇宮の守備を言い訳に奸臣らと手を組み、隊内で賄賂が横行し、碌な鍛錬も受けぬ兵たちがのさばる禁軍と一緒にされるのは誇りが許さん。

そんな禁軍の衛隊長の訪問を、俺達が面白く思うはずもない。

昼から寝台の上に伸びている隊長の元に行き、俺は不承不承、禁軍の来訪を告げる。
どうせ起きて来ぬだろうと思った隊長は寝台の上で意外なほどあっさりと眸を開け、
「何処だ」
と、ゆらりと立ち上がった。

途中の水場で隊長は口を漱ぎ顔を洗うと、懐から出した手拭いで大雑把に顔を拭い、前髪から拭き残した滴を垂らしつつ禁軍の衛隊長の前に立った。

「何だ」
そう短く問う隊長に、禁軍衛隊長は
「貴方が新しい迂達赤隊長でいらっしゃるか」
と問い返した。
「そうだ」

衛隊長は隊長の答えに薄く笑うと
「思ったよりもお若いですな。元、赤月隊の最年少部隊長と伺ったが、何故二百人程度の部下で満足しているものか。
禁軍においでになれば倍の兵が付くのを、その若さでもう日和見ですか」
と言った。

衛隊長の言葉を聞いたチュソクが、隊長と衛隊長の間に割って出る。
「その言葉、如何なる意味か。我らの迂達赤隊長に、腐った禁軍に移れとでも言うか」
そう言いながら相手を睨みつける。

腐った、の一言が余計だった。
衛隊長はチュソクを睨み返すと吐き捨てた。
「聞き捨てならぬ。いかに精鋭と呼ばれようと所詮は小隊。
本当に元赤月隊ならば己が隊長の犯した愚かな罪を雪ぎ、禁軍で重臣に仕え、前王の前で犯した無礼を償うのが筋ではないか」
「もう一度ほざいてみろ!!」
チュソクが気色ばみ、さらに相手に一歩詰め寄った時。

「・・・愚かな罪?」

隊長が地を這うような低い声で呟いた。

「そうであろう、当時の史官が記録している。
赤月隊の大逆人どもは御前で王を愚弄し乱暴狼藉を働いて、挙句の果てに王を嘲笑ったそうではないか」

言葉を重ねた禁軍の衛隊長は次の瞬間、己の首元に当てられた隊長の剣先で息を呑んだ。
そして衛隊長だけではない。
その場の俺たち全員が、隊長の剣の放つ恐ろしい殺気に凍り付いた。

いつ抜いたのか、真横にいた俺でさえ全く気づかなかった。

こんな男を斬るのは構わん。
しかし相手が肩書を持つ以上、隊長を厄介事には絶対に巻き込めん。

まずい。

俺は瞬間的に横にいる隊長の剣腕を取る。
その手に握る刀の柄ごと、思い切り力を込め捩じりあげた。

同時にチュソクが慌てて俺の抑えた隊長の剣を取り上げ、そのまま脇に下げる。

腕を取られたまま目前の衛隊長だけを睨み付け、次の瞬間。
隊長は肩を返して俺の腕を振り払い、そのまま奴に突進しようとする。

俺は隊長の足をきわどく払い、膝で腰を抑えてどうにか動きを封じようとする。
隊長は腰を捻ると俺を軽く跳ね除け、身を躱して立つ。

チュソクが隊長と叫びながら、脇から隊長を抱き留める。
背中からは俺が手を回し、隊長の両腕を固めて締め上げる。

騒ぎに気付いたトルベが慌てて駆け寄ると思い切り大槍を斜めに番え、隊長の前への動きを止める。
それでも凄い力で俺達を振り切ろうとする隊長に、側にいた迂達赤が次々に周囲から覆い被さる。

「退け!」

大声で叫び俺達の輪の中心で暴れ狂う隊長も、さすがに十人以上の迂達赤に周囲を固められ身動きが取れない。
しかし俺は腹に隊長の肘を喰らい、チュソクは肩を掴み上げられ、正面のトルベは隊長の拳をまともに顔面に受けて鼻血をぼたぼたと落としている。

隊長の剣幕に押された禁軍衛隊長は、慌てた様子で兵舎を出ていった。

暫くしてようやく隊長の動きが止まったことを知り、俺達が隊長から離れる。

隊長は黙ったまま脇に下げられた剣を取り上げて鞘に納めた。
次に兵舎の面会場の小卓を持ち上げると、壁に向かって思い切り叩きつける。

壁にぶつかった小卓は、音を立てて木端微塵に砕けた。

砕けた破片を足で蹴り、踏みつけて、そのまま一度も振り向かず上階の私室に戻る大きな隊長の足音を、俺達は階下で黙って聞いていた。

 

 

【 或日、迂達赤 | 瞋恚 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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16 件のコメント

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    いつの世も職場内のいじめは後をたちませんが、喧嘩吹っ掛けるなら相手を見ないと。
    隊員は大変だったけどきっとそれだけ怒る理由があると気づくはず。皆人が良い隊員だもの。しかし、禁軍隊長、腹立ちました~(*`Д´)ノ!!!
    又覗きに来まぁすo(*≧∇≦)ノ

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    赤月隊の事を悪く言われたら 流石に切れちゃいますよね!
    乱闘を止めに入るみんなの場景が想像できて 楽しく読まさせて頂きました!
    ありがとうございます(*^^*)

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    さらん様、こんにちは‼︎
    チェ・ヨンここに有り‼︎って感じですね。
    ウンスに出逢う前の、暴走キャラもツボでございます❤︎
    迂達赤が一斉にテジャンの暴走を身体を張って止めている場面は、あまりに鮮やかに目に浮かんで、実際に映像で見たことあったんだっけ?と混乱するくらい(^o^)
    みんなホントに、すっかりヨンの信者ですね。
    こんな完璧な超イケメン、現実には居るわけないのに、勝手な妄想はおさまりそうもありません❤︎
    今夜も夜更かし決定です(^_−)−☆

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    なんか 凄いことに…
    さらんさんの 描写がうまくて 読みながら 頭の中はテジャンが 大暴れしてます!
    ほかのウダルチ達の大慌ても 目に浮かぶようです~~~^^;
    ドキドキですね ~ ハア~~~

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    視える
    私の中のディスプレイにしっかりと映像が視える!
    迂達赤が生きている
    セピア色ではなく鮮やかな色彩で男たちが躍動しています

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    >ののさん
    こちらにもありがとうございます❤
    私の愛する ののさまならばお分かり頂けると存じますが
    迂達赤話も、やはり私の別のお話と
    がっつりリンクしております。
    このヨン大暴れについて【百日草】で
    副隊長が呟く言葉が、その答え。
    お話が増えるたび、いろいろなものが重なって
    パイ生地が厚くなっている段階です。
    「これどっかで言ってた」的な。
    もしそう感じて頂けなければ、これはひとえに
    私の筆力不足でございます。
    あのゲスト出演、禁軍衛隊長は、
    最高にムカキャラで書いたので、
    ののさまにもお怒り頂き、うふふです。
    私も、覗きに伺います❤❤

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    >ひまわりさん
    こんにちは❤初コメありがとうございます。
    そうですね、ヨンにとっては最高に触れちゃ
    ダメよーダメダメ!な部分で。
    是非トルベの鼻血を想像してあげて下さい・・・
    好きなのに、いじめてしまう私です。
    だってSですから!

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    >夢夢さん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    夢夢さまなら、きっとお気づきだと思います。
    普段から無口なうちのヨンですが
    今回のセリフは
    「おう」「どこだ」「そうだ」
    「・・・愚かな罪?」「退け!」
    そして、トルベが相談したときの知らん
    以上でございます。
    おかしいですよ?
    ヨンの声が聞きたいばかりに開催した
    身勝手秋祭りなのに。
    話してないです。
    なので、今宵からはガッツリ語らせます。
    秋の夜長(なのに設定は春)に、
    迂達赤で、そして甘い夜で。
    はー楽しみ❤
    宜しければ、ともに夜更かしいたしませう❤

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    まるでドラマのカットされたシーンを、さらんさんが、見ていたのではないか?…と、思うくらいです。私の映像化にも、磨きがかかって、メイキング映像もできるようになってきました。鼻血でたトルべに、心配そうに駆け寄るミノとか…。自分で、自分に、呆れています。

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    >ゆきんこさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    暴れていますか?
    それは私の描写ではなく、ゆきんこさまの
    脳内変換の賜物です❤
    この連休は、いよいよ。迂達赤ひとやま超えます。
    あーーー嬉しや。
    今まで、勢揃いしていなくて書けなかったネタが
    来週から解禁だと思うと、次の飛び石も
    嬉しくてワクドキです❤

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    >あみいさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    映像⇒カラーときたら、次はもうBlu-rayしか
    ないです❤(調子に乗って済みません)
    そうなんです。亡くなってあまりに悲しいので
    もう、生きているように書いて上げたい。
    難しいですが。

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    >イタkiss大好きさん
    こちらにもコメありがとうございます❤
    そうですね。この後大きな山が二つほどあり
    迂達赤完オチでございますww
    内一話は、全く無計画で書きだしたところ
    予定外の長編になり・・・
    書かねば続かず、でも基本迂達赤❤一話完結したい
    (除:蛍袋)な私としては、非常に悩ましく。
    しかし!まずは今週のヨン祭、順番無視で
    迂達赤ラス1登場&甘々nightでございます。

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    凄い、メイキングですか!めちゃめちゃ
    スペシャル版ですね!Blu-ray特典映像並です❤
    撮影現場でカン・チャンムク氏(トルベ役)に
    駆け寄るミノ氏(爆)
    私まで想像しちゃいましたww(〃∇〃)❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    理不尽に殺され、汚名まで着せられた師父。
    導火線に火を付けてしまいましたね。
    ウダルチがいなければ、雷功が放たれたかもしれないほどの怒り。
    静かに、しかしうねりをあげて、大きくなるのが伝わってくるようです。

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    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    これは【百日草】に出てくるのですが、
    今回のこの事が、隊長&副隊長を
    決定的に結びつける第一歩になります。
    この出来事を、副隊長はどう見たのか・・・
    その時にまた楽しんで頂けると嬉しいです❤

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