「ようやく出掛けたか」
相も変わらず気配が薄い。俺に寄る足を忍ばせる理由も無いのに。
離れからふらりと寄る黒染衣のその声に振り向かず頷く。
「騒がしいか」
「いや。構わん」
いつもと違うのはそれで消えず、晴れ空の下に佇むままのその姿。
ヒドはそのまま其処から周囲を探るよう視線を巡らせる。
「何処だ」
「何が」
「あの子は」
「ああ」
奴らだけならまだしもヒドまで骨抜きか。
咽喉で低く笑い顎先で門を示す。
陽射しの中、何が楽しいのか額を突き合わせ、吾子を囲んであやしながら笑い合う男達を。
「・・・つまらん」
ぼそりと一言呟く姿にどうするのかと見ていれば、奴は黙ってその門へと足を向ける。
吾子は春だ。温かい、だから誰もが引き寄せられる。
あの方が俺を溶かした黄色い小菊なら、吾子は永い冬の後、皆が待つ春を告げる雪割草。
井戸底の男さえも、その暗闇から引き摺り出す程だ。
「あ、ヒドヒョン」
「ほーら、ヒドヒョンが来たぞー!良かったなー」
奴らの揶揄い声も気に留めず、ヒドは師叔の抱いた吾子を怖々覗き、そしてすぐに眼を逸らす。
そんな肚裡など何処吹く風と、師叔の腕の中で吾子がヒドへ向けて懸命に両腕を伸ばす。
「ほらよヒド、抱っこしてほしいとさ」
その両腕に気付いた師叔が、吾子をヒドへ手渡そうとする。
ヒドは心底怖気づいたよう、足許の石を鳴らして後退さる。
「良い」
「何だよ、お嬢が抱っこしろって言ってんだぞ」
師叔は愉快そうに笑うと、ヒドを追い詰めるよう前へ出る。
「俺じゃ駄目なのかな」
「お前にはねだらなかったろ」
「仕方ないか、ヒドヒョンなら」
「お前らが抱け」
「だって、ヒドヒョンがいいって言ってるから」
「言っておらんだろう」
「これ見れば判るじゃないか」
「お前らには赤子の心が判るのか!」
抱いてもらえずむずがるように、吾子が師叔の腕の中で不機嫌な声を上げる。
「あーっ」
「仕方ねえ、ヒドおじちゃんは厭だとさ」
機嫌を取るよう師叔が腕を揺すっても、吾子の癇癪は治まらん。
ばたつく両足で遠慮なく師叔の腹を蹴りながら、吾子の声がいよいよ甲高くなる。
「ぃーっっ!!」
「お、おいヨンア、ちょっと来い」
機嫌の良い時は構って遊べても、臍を曲げれば手に負えぬのだろう。
呼び出しに頷くとそのまま吾子の許へと大股で戻る。
「あ」
歩み寄る姿を認めると、吾子の目が途端に笑う。
ヒドに伸ばした腕が此方へと向きを変え、不機嫌だった声が呼ぶ。
「あぱ!」
小さな体を師叔から受け取ると、そのまま空へと放り投げる。
「どうした」
落ちて来た体を受け止めると両脇を支えたまま、高くその体を持ち上げゆっくり左右へ揺らす。
「全て思い通りにはならんぞ」
高い声で笑い、吾子が俺へと両腕を伸ばす。
ようやく落ち着いた笑い声を聞き、もう一度その体を胸に納めると門内へ向けて歩き出す。
どうやら背後の手裏房たちは、俺でなく吾子の方が大切らしい。
此度は誰一人門に残る事なく、全員がこの背へと従いて来た。
*****
「さて、これからどうする」
手裏房の離れ。
明るい陽が射し込むよう、開けられる窓を全て開けた部屋。
燦燦と白い部屋の中で寝台に据えた吾子を囲み、男達が四方からじっと見つめる。
「これで遊ばせておく」
あの方から預かった荷を解きつつ、その中に納めていた木片を数個、順に取り出す。
「何だこれ」
丸、珠、四角、三角、それだけでなく石橋の欄干のような不思議な形。
幾つもの木片に、その場の奴らが一斉に首を傾げる。
「あの方に教わって拵えた」
「これで遊ぶのか」
「ああ」
「どうやって」
論より証拠。荷を解いた卓の上、その木片を重ねて見せる。
賽子のような真四角の木片を縦に二つ三つ重ねてみて一旦全て崩す。
次に平たい四角の木片を静かに立てた上、同じく平たい三角に抜いた板をそっと乗せる。
下の四角い木片は上の三角の木片の重みで揺れる。
揺れずに留まる処を見つける為、上の三角を指で左右へ僅かに動かす。
見つけて静かに指を離すと、下の四角は真直ぐ立っている。
「すげえ。何だこれ」
「積み木という。天界の玩具らしい」
無論高麗では手に入らん。
己で反りが出ぬまで寝かせた欅を探し。
吾子が間違って口に入れて呑み込まぬような大きさに切り出し。
柔らかすぎる手を傷つけぬよう、全ての角にも面にも鑢を掛けた。
口に入れても熱い湯で煮て乾かせば、腹も壊さず幾度でも使える。
吾子がもう少し育てば、好きな色を塗って楽しむことも出来るようになると言う。
それを楽しみに帰宅した夜の度、あの方と形を相談し一つ一つ削り出した様々な大きさと形の木片。
だから、これは吾子のものだ。
「おい」
「これで立つってのがすげえな」
「やっぱ天女と旦那だよな。こんなの見たことねえ」
「おい」
「ちょっと俺にもやらせろよ」
「待てって。これ一つだけ・・・難しいな、立たねえぞ」
「おい!」
お前らに遊ばせる為に切り出したわけではない。
夢中で木片を積み上げるシウルとチホに怒鳴ると、卓の上の木片ががらりと音を上げて崩れた。
崩れた卓上の木片を全て攫い、そのまま順に寝台上の吾子の前へと並べて置いて行く。
吾子は木片を目の前に出されると、小さな両手で握り締め、夢中になって積み始める。
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ヒドおじちゃん登場~❤
抱きたいけど怖いのね。可愛いですねぇ~(^^)
ヨンとウンスの愛娘。
たぶん我家の初孫と同じ歳かな?
そうそう!とニヤニヤしながら
読ませていただいてます(^^)
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あらあら皆骨抜きですか、ヒドまでも(苦笑)
でも、ヒドは抱くのを拒む、いや躊躇してるんですね……、色々あるのでしょう、でも、最後には抱っこしてほしいです。
むしろ、吾子に一番懐いて欲しいです( º﹃º` )
ヒドおじちゃま的に、父であるヨンよりも懐いて、嫉妬してもらいたいですわ
あー、積み木はあの時代にはなさそうですよね、そりゃシウルやジホも興味湧きそう。
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か、かわいい…
ヒドヒョンまで (๑⊙ლ⊙)
そりゃ 可愛いでしょうね。
女の子なら なおさら
すでに 「全てが 思い通りにならん」
なんて 躾てるあたりが すばらしい
積み木(両親の手作り)
最高の 玩具だわ!
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さらんさん
いいですね~~。
二人で相談しながら、ひとつひとつ手作りの愛情たっぷりの積み木のおもちゃ。
そして、みんなの愛情もたっぷり受けて育つ、ヨンとウンスの子供。
幸せな描写に気持ちが暖かくなります。
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吾子は影に生きるヒドヒョンをも陽の中へ・・
ウンスオン二は引っ張り出すけど吾子はいるだけで・・。
骨抜きヒドヒョン!!もう可愛い過ぎる(笑)
抱っこ出来ない(したいのよ)でも心の中では
きっと独り占めしてるはず( ´艸`)
吾子ちゃんもヒドのこと好きなんですね~
優しい心と暖かい春の笑顔はウンスと同じ
「井戸底の男さえさえもその暗闇から引き摺り出す程」
さらん様の描くこの珠玉の言の葉、文章こそが春!!
吾子を囲んだ皆が笑顔家族・・
さてさてチェ尚宮さまは駆けつけるのかo(^^o)(o^^)o
長編「桃李成蹊」・・まるでスクリーンで見せられたような
正しくイ・ミンホ主演大スペクタル作品でした。
本当に素敵な作品でした(遅ればせながら)
一転ほのぼの「貴音」への大転換!!一体どこまで見せてくれるんでしょう。
まだまだ続く大量リクストーリー!
日々楽しみが続いています。
ウンス