春花摘 | 辛夷(前篇)

 

 

【 辛夷 】

 

 

「ヨーンア」

膝に抱き込んだ中から、この胸に預けた小さな頭が傾ぐ。
俺を見上げる鳶色の瞳。
この方はまるで春の陽溜まりに丸くなる猫のように機嫌良く 喉を鳴らしそうな風情でその瞳を細めた。

「どうしました」
瞳を見つめ返す俺に、澄ました声が返る。
「あのね、約束してくれたでしょ」
「約束」

突然切り札のように突き付けられた言葉に、僅かに眸を瞠る。
「そうよ、薬草摘みを手伝ってくれるって。忘れてないわよね?」
「はい」

忘れてはいない。
確かに吹く風は日毎に暖かさを増し、漂う花の香は日毎に濃くなっている。
今こうして俺の腕の中に香るこの花でなく、野山に鮮やかな花が咲き開く春がそこまで来ている。しかし。

「咲けば勿論、手伝いますが」
未だ名のみの春、庭を渡る風は冷たさの方が勝っている。
南ならばもう咲いておろう花々も、開京では蕾すら開いていない。
咲けば手伝うが、まだ摘む春花が無い。
そう言った俺に、胸に凭れたこの方は瞳を細めたまま得意げに返す。

「甘いわよ、ヨンア」

 

きっぱり断言した私に、あなたの不思議そうな黒い瞳が当たる。
無理もないわ。私だってこうして勉強して知るまで知らなかった。
でも改めて考えてみたら、先の世界だってイタリアンでバジルとかローズマリーがあったんだし、当然って思うけど。

薬草に使うのは、木も葉も枝も、そしてつぼみも。
花が開いたら薬効が落ちたり、ものによっては使えない時もある。
「コブシはつぼみを使うの。開いたらダメなんですって。だから花が咲く前、今のうちに取りたいの」

私の声に頷いて、あなたが庭の背の高いコブシをじっと眺める。
「コブシは春の早いうちに咲くらしいから、取らないと。でもあの高さでしょ。
てっぺんのつぼみまで取る必要はないけど、そうね・・・ 100個くらいは欲しい。取ってくれる?」
こうして目測でも8mくらいはありそうな感じ。
あなたは地面からその樹を目で測りながら頷いた。

「確かに、イムジャでは登れぬでしょう」
家で使う薬湯用と、私の練習と研究用のつぼみ。
典医寺にもストックはあるだろうし、そんなにたくさんはいらない。
欲張って全部取ったって仕方ないし、花を楽しみたいって気もするし。

それにしたって私じゃ一番下の枝にも手は届かないのよね。
タウンさんに頼むのは同じ女として気が引けるし、コムさんが登るには幹ががちょっと頼りない気がするし。
忙しいのは承知の上で、この人にお願いするしかない。

「枝は細そうだけど・・・木を折らないで取れる?」
私が確認すると、この人は自信ありげに黒い目許で笑った。

 

「勿論です」
辛夷の蕾を薬湯に用いるとは知らなかった。
春の初めに開く花だ。
暖かさが数日続けば、細い枝に白い鳥が群れるよう一斉に花開く。

蕾を用いるというなら一刻も早い方が良いだろう。
そう判じ、膝に納まるこの方へ眸を戻す。
「早速明日にでも、役目が引けた後に」
俺の声にこの方は驚いたように声を高くする。
「え、そんな急がなくてもいいわよ。まだ寒いし」

他の花の色の無い殺風景な山に、最初に開く白辛夷。
この方はそれを知らぬのだろう。随分と悠長な事を言う。
「春待芽のうちに使うのでしょう」
「はるまちめ?」
「蕾の事です。毛が生えている」
「毛?」
「ご存じありませんか」

得意気におっしゃった割には驚いた様子で、この方は目を丸くした。
「確かに生えてたかもしれないけど・・・典医寺で見た時。でも薬草は陰干しした後だし、原形をとどめてない事も多いし」
自信なさげに揺れ始めた声に咽喉で笑い、廊下で崩した膝から静かにこの方を除け、庭へと降りて言い残す。

「お待ち下さい」

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    世のご主人なら
    仕事の後なら なおさら 動かないのに…
    (゚ーÅ) ほんと 優しい旦那様
    そして 物知り~
    ウンスの知らないことを 結構知ってる
    すてきな旦那様ね

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    さらんさん❤
    お元気になられたんですね~
    さらんさんが、お話をお休みされる時には、私達読者を気遣ってくださって、必ずお知らせをいただいてたのに、
    それも叶わないほどに寝込まれてる?
    と本当に心配してました(^^;
    毎日待ち遠しくて、またお話を読めるのが凄く嬉しいです。
    でも、決してご無理なさらないようにね❤

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    さらんさん!更新があるのに気付き、掃除機も投げ捨て、スマホを握りしめてしまいました!ご無事で何より。安堵しました(*´∀`)

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    体調は良くなりましたか?
    無理なさいませんよう……
    コブシの花かわいいですよね。
    どんな風に甘いお話になるのか、後編も楽しみです。

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    お身体の具合はいかがかと、ずっと心配しておりました
    待ち人は沢山居ますが、本当にお待ちしていますが
    あまり無理はなさらずに!とお願い致します
    ここ数日のような、明るい春が見えるようなお話ですね
    温まらせていただきます

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    さらんさん大丈夫なの?
    無理してないですか?
    がんばり屋さんだから心配です。
    お話し嬉しいけど
    無理のないよう
    ゆっくりゆっくり更新してくださいね。
    ←結果催促しているようだわねミヤネ。
    読者をとても愛してくれるさらんさん
    貴方様自身、心も体も大切に…
    いち読者の願いです。

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