一服処 | 正月満月 정월 대보름・中篇

 

 

腕を組み寄り掛かる部屋柱。
私室の扉が開き眸を上げる。

入って来たチュンソクは俺の格好を見ると
「お出掛けですか、隊長」
と確かめた。

陽は暮れかけている。春とは名ばかりの寒さの底。
その中を延々と歩く覚悟で、そしていざとなればあの騒がしい方を包む為、確り着込んだ冬外套。
この出で立ちであれば問われても仕方がない。
俺は渋々頷いた。何れにしろ夜に兵舎を空ければ露呈する。
「・・・おう」
「御一人ですか。チュソクかトルベを伴に」
「いや」

笑い話にもならん。役目ならともかく、小正月の満月見の散策に迂達赤と連れ立ってなど。
早過ぎる俺の打ち消し声にチュンソクが頷く。
「分かりました」
「テマンは置いていく」
「テマンまで、ですか」
「何かあれば走らせろ」
「はい」

医仙の守りをトクマンに任せて以来、奴も俺の兵としての矜持が傷ついたのだろう。
何処に行くにも以前以上に付き従っている。
役目を果たせぬからという理由で医仙に付かせぬわけではない。
今は万一にも衛の穴があっては困る。目は幾つあっても足りん。
典医寺には侍医が居る。物々しい警護を置けば、却って此方の疑懼が透ける。
それに乗じて仕掛けて来るのが奇轍のやり口。
弱みを見せぬ為にも、必要以上の兵は置けん。

其処まで読めというのは酷なのか。
黙っていれば今宵も無言で従いて来そうな男の顔を思い浮かべて、先に釘を刺す。

チュンソクは頷くと頭を下げ、それ以上は何も言わずに部屋を出た。
こうして外堀は埋まっていくと言うのに、肝心の月見の場所だけが決まらない。
出て行くチュンソクの背を眺め、次に窓外の夕景を確かめて息を吐く。

 

「副隊長」
「ああ」
「どうしました」

隊長の部屋を出で階を降りた途端に、吹抜けにいたチュソクが寄って来る。
「まさか、隊長に何か」
冴えぬのだろう俺の顔色に、チュソクまでが気色ばむ。

「いや。一人でお出掛けとおっしゃっていたから」
「府院君は」
「俺達が気を付けていれば良い。夜の歩哨には充分注意するよう言っておく」
「判りました。俺からも」
「ああ、頼む」

徳成府院君 奇轍。
隊長の、即ち俺達の、そして王様の。今や全員の頭痛の種。
あの禍々しい男の顔を思い浮かべて気を引き締める。
隊長がテマンまで置いて一人でとおっしゃる以上、伴など付けてもすぐにばれる。
そして一人でとおっしゃるなら、他の部分は俺達に任せるという意味だ。
無駄に心配するよりも任されたところを確実に、穴を空けずに守る方が良い。

チュソクも同じ事を考えたのだろう。
互いに頷き合うと、並んで吹抜けの天窓を見上げる。
そこからは冬の夕陽と共に、悴む寒さが下りて来ていた。

この寒い小正月の夜、テマンまで置いて一人きり何処に。
だがおっしゃらぬ以上、あの人に限って心配はなかろう。
まだ俺達には伝えられぬお考えがあるのかも知れん。
「行くか」
「はい、副隊長」

夕陽と寒さに晒されながら、俺は今宵の歩哨に注意を伝えようと、チュソクと並んで兵舎の扉を抜けた。

 

「ねえねえ、チャン先生」
「・・・はい、医仙」
「典医寺にも、キッチンってあるわよね?」
「キッチン、ですか」
「ああ、調理場。ご飯を作るところ」

絶対あるはず。チャン先生だって、あのトギって子だってここに住んでるんだし、他のドクターやナースのみんなだってお昼ご飯は毎日食べてる。
私がここに来た初日だってお餅が出たのも覚えてる。水がなくて飲み込むのに苦労したもの。

「厨ですね。もちろんありますが」
突然の私の質問に、チャン先生が楽しそうに頷いた。
「何かお作りになるのですか」
「うーん。出来れば手作りのご飯は避けたいのよね。別にフェミニストを気取るわけじゃないけど、手作りイコール良妻賢母みたいな考え方は好きじゃないし。
別に料理が上手かろうが下手だろうが、女性の価値基準はそんな部分じゃないでしょ?だったら料理の下手な男はどうなるのよ」
「・・・はあ」

捲し立てる私の勢いに、先生は曖昧に微笑んで頷いた。
だけど縁起は担ぎたくなるのよ。田舎育ちだし、ハルモ二にもオンマにもしっかり教えられてるし。
「・・・で、厨が何か」
「ねえ、先生?」

質問に答えないのは悪い癖。自覚はあるわ。
だけどこの際それは忘れて欲しい。だってとにかく時間がない。
「高麗では、小正月ってどうやって祝うの?」
「祝うと言っても・・・年始の正月満月は慶日ですので、心身を清めて」
「え?」
「天界では違うのですか」
「ナッツ・・・クルミとか、松の実とか、食べないの?クィパルギ酒は?飲まない?オゴクパプは?タルマジトッは?」

ここでようやくキッチンと小正月がリンクしたんだろう。
食べ物の話ばかり持ちかける私に、先生が笑いながら教えてくれる。
「薬食や薬果は用意しております。夕餉には少々早いですが、召し上がりますか」
「ううん、それ、出来れば包んでほしいの。いい?」
「はい」

細々とあれこれ聞かないのが、この先生の良いところよね。
それにしても、歴史的な行事や伝統食だと思ってたものって・・・案外それ程昔からはなかったってこと?
それとも李氏朝鮮時代から、韓国独自の文化として発展したってこと?
でも李氏朝鮮だって結局中国に朝献して影響を受けてたし、その直後に日本の強占期があったし。
学生時代に受けた授業のぼんやりした記憶を思い返してる私は、ぼうっとして見えたのかもしれない。

食事のパッキングを頼んで、はいって頷いて椅子を立った先生が
「医仙、ご気分でも」
って尋ねるまで。
私は机に頬杖をついて、小正月とは全く無関係な歴史方面に思いを馳せていた。

 

 

 

 

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10 件のコメント

  • 教えてください?
    毎回カテゴリーからお話しを探して読ませてもらってます。
    必ず、1話目から始まるので、前回ヨンだ話の続きまで辿り着くのに苦労しております?
    スマホでヨンでます。
    何か良い方法があったら教えてください✨

    • 本当にありがとうございました✨
      さらんさんの「お話」大好きです?
      週末読みまくります?

    • みのりんさま、ヨンで頂けるようになってよかったです。
      難しいですね・・・お話を最初から読みたい、というご希望と、新しい記事から読みたい、というご希望と。
      これだけ多くの方にヨンで頂くとなると、全員の方々のご希望にお応えすることができず、心苦しいですが。
      そして1954624さま。素晴らしいフォロー&サポートを本当にありがとうございます٩꒰。•◡•。꒱۶♡
      1954624さまや皆さまの優しさとお知恵に助けていただき、本当に嬉しく心強いばかり。
      私は読み手さまに恵まれているなあと、しみじみ幸せを噛み締める週末の夜です❤

    • 1954624様。
      さらんさんの「お話」どれもこれも大好きなので私もこれからそうなりそうです?
      本当にありがとうございます✨

    • みのりん 様

      良かったですね。
      (^o^)v
      お気に入りのお話の
      ブックマークだらけです(笑)

    • 1954624様
      できました❗
      続きから読めました❗
      これで悩み解決です?
      疎すぎてゴメンなさい?。
      さらんさんのファンの方は親切ですね✨
      今日からまた存分に「お話」楽しみたいです?
      ありがとうございました?

    • みのりん 様
      機械音痴の私なので、うまくお伝えできるか心配ですが…、私もスマホ読みなので。
      「ブックマーク」をご利用なさるとどうでしょう。
      ~ブックマークするとき~
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      お話(どこか…)のページの、スマホ最上部右上(・・・)縦並びを、ポチ→「ブックマーク」という言葉を探しポチ→しまっておいたお話をポチ→お話登場
      もっと良い方法もあるかもしれません。
      少しだけでも参考になれば…
      お節介ですみません。

  • こんにちは?
    言の葉が少なすぎる上司を持つと
    部下は苦労しますね~~?
    ウンスはピクニック気分ですね(笑)
    ヨンの嬉しいけど困った顔が目に浮かびます。

  • なんだか 真面目に考えてたり
    思い出してると… 具合がわるく
    見えちゃう(笑)

    でいとの準備は着々と
    ウラヤマシイ

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