雪割草 | 9・Interlude

 

 

緑の草原の中で赤と黒の衣が風にはためく。
真上から刺す明るい太陽に俺は目を細める。

「だいたい、お前は注意力が足りないんだ」
腕を枕に草に寝ころびそう言うと、横に座っていたメヒはこちらを見て、フンと顔を背ける。

綺麗に結い上げた髪。額には赤い月を縫い取った黒い帯が巻かれている。
抜けるような白い肌、その黒い帯と赤い月が良く似合う。

「多節鞭なんだから、そんなに大きく振るなよ。
鞭の撓りを上手く使うんだよ」
「じゃああんたがやってみなさいよ、ヨンア」
そう言って腰の帯に挟んでいた鞭を、俺に放る。

寝転んだ腹に乗った鞭を掴むと、俺は身を起こした。
軽く一、二度。手首を使って、多節鞭を振ってみる。

鞭は俺には性に合いそうもない。
そのままメヒに投げ返す。

受け取ったメヒが、不思議そうに俺を見る。

「何よ」
「俺には性に合わない。お前が振れよ、俺が受けるから」
メヒが目で笑いながら
「うまく振れないのと性に合わないのは違うわ、ヨンア」
そう言って、俺から距離を取る。

利き手に構え直した鞭を軽く撓らせると、メヒのその手が素早く動いた。
さすがに速い。俺は上半身を躱す。
そのまま二発目の鞭が飛んでくる。

下がりながら、鞘に入れたままの剣で払う。
その瞬間メヒが踏み込みながら、三発目の鞭を頭上に伸ばしてくる。

頭を低くし際どく避けると、勢いの衰えた鞭の先を手で握って捕まえる。
メヒは足を引くと同時に腕を振り、鞭の撓りを使って俺の手から鞭先を逃がす。

四発目の鞭が入ったところを完全に鞘で巻き取り、俺は鞭ごとメヒの体を力づくで寄せる。
鞭を握ったまま鞘に巻き取られ、メヒの体が寄って来る。
俺は素早く手を伸ばし、メヒの体を受け止める。

「そういう時は」
「鞭を離せっていうんでしょ」
「判ってるなら離せよ」
「ヨンアとこうしたかったから、わざと離さなかったのよ」
「嘘つけ」
メヒは俺の腕に抱き込まれたまま、目だけでまた笑う。
「もちろん嘘よ」

そう言って俺の腕から軽々と抜け出ると、もう一度鞭を飛ばしてくる。
一度目の鞭を右に、そして二度目を左に避けた後。
俺はそのまま大きく踏み出し、鞭を握るメヒの手を取る。
そのまま後ろの木に、メヒを押さえつける。
「離せって言ったろ?」
俺がその体を木に押さえつけて悪戯な笑顔を見せたら、メヒは目だけで笑って口づけを返すはずなのに。

メヒの体が、崩れ落ちる。

座り込んだメヒの顔には何の表情もない。
怒りも悲しみも、それどころか魂すら失くしたように、ただ吐息で呟いた。

「私が隊長を殺した」

背筋が凍りそうな思いで俺はそれを聞く。

「何を言ってる」
「隊長を殺した」
「メヒ、俺を見ろ」
「ヨンア、私が」
「メヒ、馬鹿を言うな。隊長を殺したのは王だ。
良いか、お前じゃない」

メヒが首を振る。
俺は急いでいた。他の仲間も説得しなければ。
逃がさなければならなかった。
隊長との、最後の誓いを守るために。

「頼む、メヒ。聞いてくれ」
「ヨンア」
「俺がお前を守る。何処にいても探し出す。
だから逃げろ。頼むから」

メヒの耳に声が届いていない焦りが、咽喉を焦がす。
「お前がいなければ、俺はどうやって生きていけば良い。
いいかメヒ。俺が喜んで一生お前を背負う。
守っていくから、俺を信じろ。いいな?」

握りしめたメヒの両手が、小刻みに震えている。
「俺を助けてくれ、メヒ」
メヒの震える手を握り締め、俺はその手ごと己の額に当てて目を閉じる。
「メヒョニを忘れるの?」

その声に目を開ける。
あのテヒが、俺に両手を握られたまま其処にいた。
あの頃のメヒとそっくりなその姿で。

俺が手を振り払うと、テヒがもう一度問うた。
「メヒョニを忘れて、一人で生きていくの?」
あの頃のメヒとそっくりなその声で。

俺は寝台の上で飛び起きた。

早鐘のように打つ心の音が耳に響く。
流れる額の汗を、乱暴に拭う。

夜明け前だ。
部屋はしんと静まり返り、冷気が窓からも床からも忍び寄って来る。

その冷気と体中に流れる冷汗が、一気に体温を奪っていく。

着替えねば風邪を引くだろう。
それでも体がいう事を聞かず、俺はもう一度寝台に身を投げた。

窓の外が一番昏い時間。ただ雪だけが降り積もっていく。

 

 

 

 

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14 件のコメント

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    でも、私大丈夫!
    立ち直った(笑)
    ヨンのあの時の気持ちは、どんなに辛かったか。メヒだけではなく、他の隊員も救わなければならない焦り。哀しい事に、愛しいメヒ1人を護っていられなかったのよね。それが、隊長の最後の命令だから・・・・
    テヒの存在で、嫌と言うほど思い出し苦しむでしょう。
    でも、一度乗り越えた苦しみは、以前とは違う痛みの筈。
    癒す存在があって、生を選んだヨンだから、どんな哀しい思い出も乗り越えられるわ。
    今、傍に愛しい人が居なくても。
    心は強くなっている筈だから・・・
    そして、テヒにも生を感じる生き方をして欲しい。それが、メヒの為でもあるのだから。
    ヨンなら、きっとその手助けが出来るはず。そして、メヒの代わりにテヒを底なし沼から救ってあげて。
    頑張れヨンア~~~!アジュンマが、護ってあげたい(*゚ー゚)ゞ

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    ヨンは優しく繊細な心を持っている人
    メヒを失ってからはそれをウンス以外には無表情と無口という鎧で隠していた
    だけど無意識下の夢に侵入を許してしまった
    ヨンを蝕んでいく記憶とテヒ
    せめて願うように夢の中だけでもいいからヨンをウンスに支えてもらいたいです

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    さらん様、こんにちは❤
    つらいです。
    仕事に区切りがついたので、ブログにお邪魔しました。
    が...涙でウルウル状態でございます。
    無邪気な笑顔を見せていた、あの赤月隊の頃の回想シーンそのままの始まりから、これはヤバイと感じていました。
    眼は文字を追ってしまうのに、先が予測出来てしまうのがつらくてつらくて......(涙)
    覚悟はしていました。
    していましたが、血の涙を流すヨンを見るのは、やっぱりキツイです。
    さらん様も、書いていてキツかったと思います。
    でも、必ず【向日葵】にはたどり着くのです。
    冬の時代から少しでも早く抜け出せるといいのに...。
    さらん様、私にとってのあの方を早く救って下さいませ。
    扉の画像、大好きです❤
    前回のキチョル邸に乗り込む前の画像も大好きでした❤
    薄目を開けているヨンにキュンとしました❤

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    >モモさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    夢オチか!とのツッコミもなく、モモさんや
    皆様がすんなり受け入れて下さることに
    書き手として驚いております・・・
    ヨンすごい・・・
    確かに、書いてても切ないです。
    いや、それならやめれば良いんですが。
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

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    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    ヨンは、救う気は、多分ないと思います。
    ただ、いつものごとく。
    言いたいことを言い、したいことをする。
    それが相手にとっての救いになると良いのですが・・・
    護ってあげて下さい❤

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    >あみいさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    そうですね・・・夢で、逢わせてあげたいけれど。
    まだまだですね。
    今はただ、気持ちだけが先走っているので。
    夢での再会がきっかけで暴走しかねず
    怖くて書けませぬ。実際書いてみたのでw

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    >カンス百合子さん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    そうですね、もう公開順が私の一連の
    信義の全てを決めていると言っても
    過言ではないとww
    つまり、筆力がないわけですが。
    外せないですね・・・辛かったですが。
    これがないと、向日葵のヨンの
    「俺を見くびるな」
    が活きて来ないので。

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    余りに辛すぎて、二人のいろんなシーンで
    ヘッダー作ってしまいました。
    ランダム表示できればいいのになー。
    せめて、そこで逢って欲しい、と祈ります。
    救ってあげたいですが。心から。
    しかし書き手は身勝手なので、自分の世界観の為
    ヨンに血の涙を流させるままに。
    そもそも書いたのが自分なので、そして二次なので
    ここまでやる事なくね?とも思ったり。
    愛しているゆえに。
    日々、修業と葛藤です・・・

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    >さらんさん
    そうなんだぁ~(・・;)
    分かった!では、それに耐え得るだけの応援を(b^-゜)
    ヨン、ファイティンp(^-^)q

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    >mayuさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    本当に。ウンスオンニと離れている間の事は
    書かないと向日葵に結び付かんと思い
    最初から一連の話に入っていましたが。
    応援してやってもらえて、嬉しいです。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >サラナさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    コメ辺が抜けてたのに今気づきました!
    本当に申し訳ありませぬ。
    可哀想だし、心は痛いし、でもあの時
    メヒは、ああするしかなかったのか・・・とか
    いろいろ考えてしまいます(ノ_-。)
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

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