或日、迂達赤 | 白面郎・後篇

 

 

そんなある日。
隊長が副隊長、チュソクと共に酒楼で売られた喧嘩に首を突込んだ翌日。
兵舎で呑み直した仲間が二日酔いで呻くのを尻目に、俺は訓練場の隅で素振りをしていた。

「何やってる」
どこからか、隊長の声がする。
慌てて剣を下ろして辺りを見回すが姿は見えない。

「何処見てる」
その声を追うと兵舎の二階の私室の窓枠に脚を掛け、隊長が上から俺を見下ろしていた。
「あ、おはようございます、隊長!」
俺が頭を下げると、隊長の姿が窓から消える。

何だったんだ。
首を傾げていると、すぐに兵舎の扉から隊長が訓練場に出て来た。

「朝っぱらから元気だな」
そんな隊長もすっきりした顔で、昨日深酒したようには見えない。

「俺は昨日、飲まなかったんで」
そう言いながら、俺は刀を鞘に戻す。
隊長の事は好きになっていたが、最初に聞いた赤月隊の噂も、こうして面と向かった時の何とも言えない威圧感のようなものも拭えない。
高圧的な態度を取られているわけじゃないのに、俺にはない空気だから、つい目を逸らしてしまう。

「トクマニ」
刀を戻した俺に、隊長が静かに声を掛ける。

「俺が、怖いか」

俺は驚いて思わず隊長を見る。
急に何を言うんだ、隊長は。

「最初から言っていたろう、俺の雷功のこと」
どの会話が聞こえていたんだろう。俺は隊長の問いかけに考える。
「・・・怖い、かもしれないです」

隊長がそんな俺に頷く。
「隊長だからか、雷功遣いだからか。それとも他の理由か」
「全部、いや、俺は」
言葉に詰まる。

俺は、隊長が怖い。先輩たちも怖い。
皆が得手があるのに、自分にだけないのが怖い。
これが得手だと胸を張って言えるものがないのが怖い。
戦場で皆の足を引張るのが怖い。

「得手が、なくて」
それ以上どう答えていいか分からず下を向く。

隊長はそんな俺の前に、腕を軽く上げた。
そしてふと息を詰めた。
次の瞬間、隊長の指先から音を立てて白く蒼い小さな光が走るのが見えた。

これが、雷功。

初めて見た内功に、俺は目を瞠る。

「俺が武術を始めたのは六歳。
十八で、雷功の基本を修めた。
そこから今日まで、毎日鍛練している」
隊長が言った時には、指先の小さな光は消えていた。

「お前、戦場で刀を落としたらどうする」
隊長が、突然俺に尋ねる。
「・・・側にある武器を探します」
隊長は頷く。
「側に何もなければ」
「拳を使います」
「全て万遍なく使う自信があるか」
「あります」

隊長はもう一度頷く。
「トクマニ、お前にはその機転がある。戦場では死なぬことが一番だ。
得手だけを頼りに突込むだけが戦術ではない。
俺とて尻を捲って一目散に逃げた事が幾度もある」

そう言って隊長は俺を見る。
「お前には丈がある」
確かに俺は、隊長よりほんの僅かだけ丈がある。
「手足が長い。ただしその分安定に欠ける」
俺は頷く。その通りだ。
「素振りだけでは駄目だ。全身の均衡を考えて鍛練しろ。
足腰を鍛えるなら手縛が良い。副隊長に聞け」
俺はもう一度頷く。

「得手がないなどと、馬鹿げた考えは捨てろ。
持っていない者を鍛えるほど、俺は暇じゃない」
隊長はゆっくり腕を組みながら俺を見る。
「お前は機転も丈もある。持っていないのは経験だ。
お前の怖がる俺は六歳より今日まで十六年、毎日鍛錬している。
それくらいやって駄目なら、初めて考えろ」

俺がしっかり頷くのを見てから、
「俺より丈が高いだけで十分だ」
隊長はそう残して兵舎に戻って行く。

全てが一瞬の夢みたいだった。
初めて隊長とこんなに言葉を交わしたのも、雷功を見られたのも。

 

「はあ、ふざけるなよお前!」
トルベが大声で言って、俺の頭を叩く。

「なんで隊長が、お前に雷功を見せるんだよ!」
怒鳴り続けながら俺を蹴ろうとするのを、半歩下がって受け流す。
「見たから見たって言ってるだけだろ。トルベがまだだからって怒るなよ」

言い募ろうと突っかかってくるトルベに手を伸ばして、奴の額を押さえてやる。
僅かに俺に届かないトルベはそのまま俺の手を振り払う。
「隊長に聞いてくる!!」

俺達のやり取りを聞いていたチュソクが
「何だってそんな話になった」
訊ねる声に、俺は笑って答える。
「隊長の事、怖いって言ったら」
チュソクは一瞬考え込むと、
「・・・俺も言ってみる」
そう言ってトルベの後を追っていく。

「で。足腰の鍛錬はどうだ」
副隊長に聞かれて頷くと
「あれは何ですか。砂袋背負って屈伸って。足も腰も使い物になりません。
砂袋の準備と持ち運びだけで一苦労だ」
副隊長は大笑いすると言った。
「お前な、怠けた筋肉に喝を入れるのに楽な方法があるわけがないんだ」

俺はそれを聞いて、少し考えて返す。
「だったら水でいいじゃないですか。水袋に入れて、屈伸した後、鍛錬の後の行水に使えば。
砂は毎回掘って、また埋めなきゃいけない。水なら川で汲んで、使えば終わりなのに。
おまけに余計な衝撃を和らげるなら、水袋の方が良いんじゃ」

副隊長が驚いたような顔で俺の言葉を聞くと
「・・・隊長に伝えてみる」
そう言って席を立つ。
俺もその後をついて、早足で隊長のところへ行く。

隊長の処には既に皆が辿り着いている。
「どういうことですか、何でトクマニだけ」
「煩い」
「俺も隊長の事は怖いと」
「なら寄るな」
「隊長。トクマニが、足腰の鍛錬には砂袋でなく水袋はどうかと」
「袋の強度に依る。第一、迂達赤全員分の袋は用意できるのか」

そう言いながら歩いて来た隊長が俺の事を見つけた瞬間。
凄い速さで走って来ると、思い切り俺の頭を叩く。
「余計な事をべらべらと!」
叩かれた頭をさすりながら、俺は頭を下げる。
「すいません、つい本当の事を」

隊長が太く息を吐き、そのまま歩き出す。
隊長の広くて大きな背中を見ながら思う。
今日から十六年たっても、隊長には絶対敵わない。
今の隊長ほどの力はその時の俺にはない。
でも少なくとも戦場で、隊長や皆の足を引っ張らないように。
だから隊長の声を聞こう。
隊長に言われたら俺も、尻をまくって一目散に逃げてやる。

想像もできない隊長の姿に俺は一人、こみ上げる笑いを殺した。

 

 

【 或日、迂達赤 | 白面郎 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

トクマン君編、終了です
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