或日、迂達赤 | 友待雪・後篇(終)

 

 

俺と入れ替わりに殿舎へ向かう一行と別れ、戻った兵舎。
帰途に踏み締めた友待雪に汚れた軍沓で踏み入った途端。
「あ、隊長!お帰りなさい!」

肩に担いだ大槍を壁の槍掛に収めた男が、嬉しそうに駆け寄った。
この男もそうだ。俺が初めて此処に来た日は大層不満な顔をしていたくせに。
「寒くなかったですか」
心配そうに尋ねる乙組一番隊トルベ。

確かに槍の腕前は天下無双。しかしどうにも節操がない。
初対面では噛み付きそうな勢いだったが、今となっては隊の誰よりも懐いている。
そしてその後からもう一人。
「お帰りなさい。御前会議はどうでしたか、隊長」

そう声を掛けるのは、隊でも最も年若組のトクマン。
何しろ目立って仕方がない。
俺も上背はあるが、トクマンはそれに輪をかけてでかい。
鍛えればこの恵まれた体躯、いい処まで伸びそうだが本人に自信がない。
若いからだろう、未だ周囲の判断に流される部分が多い。
あの日は俺の風聞を怖がって遠巻きにしていたが、皆が懐いた今となっては、気付けばそのでかい体がぴったり横に従いている。

迎えられた吹抜、何も答えずに隅の階へ進む。
それを登り切れば待っている寝床。
もう少しの辛抱と、その木段を足早に上がる。
「あ、隊長、もうすぐ昼飯ですよ」
「来なかったら起こしに行きますよ!」

来てみろ。次は本気で雷を落としてやる。
振り向きもせず上階の部屋扉を押し開け、訪れた静けさに耳が喜ぶ。

懐かなくて良い。流される必要もない。
そんな事などしなくても、これ以上何の資格もない口が気紛れに吐く何の力も持たぬ王命の許、誰一人死なせるつもりはない。
そんなつまらぬ奴の声がただ王命と呼ばれるからと、人の命を左右する権利などない。

全員が見れば良かったのだ。先刻の恥晒しな御前会議とやらを。
血統だけで祀り上げられた幼王。そして周囲の力のない取巻き。
喚き散らす大臣衆に手も足も出ず、騒ぎの治め方すら知らない。
そんな愚かな幼王。血統を笠に着て権威を手放したがらぬ王族。
そんな者らに忠誠を誓うなど、この世で最も馬鹿げた誓いだと。

俺の隊長の二の轍は踏まない。踏ませない。
愚かな男に忠誠を誓い命まで盗られるなど。
赤月隊の二の舞は決して誰にも舞わせない。

静かな寝床と引換えに最期の日を数える為にだけ戻った俺ですら、既にこれ程呆れている。
安らかな寝床があり、死ねる日を数える必要がないなら、一刻も早く此処から去るべきだ。
そして去る日を無事に迎えられるように、死なぬ程度に適当に任務をこなせば良い。
国を治めるはずのこの宮に、それに相応しい主はいない。
その門を敢えて再びくぐる恥知らずは俺一人だけで充分。

鬼剣を壁の刀掛に収め、鎧の背紐を解くと鎧掛に据え、最低限の身繕いを終えて寝台に寝転がる。
横になって最後に見る窓外の曇天。
凍るような重苦しいそれに、安堵して眸を閉じる。
少なくとも陽射しで邪魔をされる事はないだろう。

「・・・てじゃーん」
「隊長・・・」
「お前ら前でぐだぐだ言っておらんで、早く扉を」
「だって副隊長」
「退け」
「あ!チュ」
「隊長、入ります」

声と音、目を覚ましたのは何方が先か。
ようやく訪れた眠りから引き摺り出されて眸を開ける。

同時に扉が開き、握っていた棍を放り投げるのを危うく止める。
覗いた顔がトルベかトクマンならそのまま投げるが、相手がチュソクでは分が悪い。何しろ鬼剣は壁掛にある。

これからは眠る時にも枕辺に立て掛けてやる。
心を決めつつ部屋扉から階を降りるチュソクを、そして続く副隊長とトルベ、トクマンを睨みつける。
「隊長」

律義なチュソクは階を降りた処で一旦深く頭を下げ、部屋の寒さに肩を竦め断固たる口調で言った。
「飯は抜かんで下さい。この寒さです。火櫃を焚いておきますから、その間に喰って来て下さい」
「そうですよ隊長!昼からまた鍛錬でしょう!」
チュソクの声を継ぐように、トルベが言い添えた。
「・・・いや」

何故か珍しく皆の足並を乱した副隊長。
その目が窓外の暗い空を見て首を振る。
「隊長、飯だけは。隊員が皆心配しています。ただ・・・昼の鍛錬は」

強引に部屋に押し掛けた他の男らも、副隊長の視線につられて窓外の空を見上げ頷いた。
「あ、珍しいですね」
トクマンは驚いたように呟いて、俺を見てから其処を指す。
「雪ですよ、隊長。ほら」

そう言って寝台から見えるよう、窓を塞いだ大男の体が一歩下がる。
確かに窓の外には、空から落ちる白い欠片。
「これでは昼の鍛錬は室内でしょう。組分けし直します」

チュソクは頭を下げて今降りて来たばかりの階を上がり、それでも諦め悪く扉口で振り返ると
「隊長、飯だけは絶対に」
そしてチュソクと共に階を上がった副隊長が、まだ残るトルベとトクマンを振り返り
「お前ら、隊長を頼んだぞ。火櫃も忘れるな」
それぞれ言い残し、並んで外へ出て行く。
「任せて下さい!」

扉外に消える二人の背に声を掛けると、トルベが真直ぐ俺を見て笑う。
「行きましょう、隊長」
重要な責務を任されたとばかり、トクマンが勢い込んで続く。
「そうですよ!行かなきゃここに運びますよ、さもなきゃ隊長を抱えて」
「調子に乗るな!」
トルベはそんなトクマンの頭を叩くと、もう一度窓外を確かめる。
「これならじき止みますから、今のうちに喰って休んで下さい」

春近い季節、降るはずなどなかった雪。
友待雪は待った甲斐があったと喜ぶか。
溶ける好機を逃がして苦々しく思うか。

そんなことはどうでも良い。
今考えねばならぬのはこの小煩い奴らをどう追い払うか。
しかしさすが迂達赤、俺の睨みくらいでは怯まぬらしい。
笑顔のまま真剣な目で俺を見つめ続けるトルベ。
心配そうに、何かを頼むような表情のトクマン。
どちらも譲歩するつもりは一切なさそうだ。

寝床が欲しいだけで此処に来た。
懐かれる憶えはなく、慕われる故もない。
但し見殺しで無駄死にさせるつもりもない。

「煩い」

窓外の雪を確かめて渋々寝台から腰を上げる。
俺の声に部屋の中、季節外れの笑顔の花が二つ咲いた。

 

 

【 或日、迂達赤 | 友待雪 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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3 件のコメント

  • 煩いといいつつも
    そのやりとりが
    心地よかったりして
    はやく去りたい場所だけど…
    情がわいちゃうね

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