或日、迂達赤 | 蒼天 (終)

 

 

徳興君とあの方の婚儀をどうにか阻み、典医寺に戻ったあの方に逢えた時。

俺は有頂天になっていた。

あの方の元まで何も考えずに走り、あの方を迷うことなく腕に抱き締めて。
これでもう大丈夫だと、心より安堵したのは本当だ。

その前にはアン・ジェを王様の迎えに動かしている。
禁軍の中の腐った上官共も排除した。
徳興君がいるとはいえ戻れば謀反の罪、賄賂の罪にて王様が直々に親鞠されるだろう。
今までの憂いが僅かとはいえ晴れていたのは事実だ。

しかし離宮から副隊長、アン・ジェと共に皇宮に戻った王様の御目を拝した時。
王様が
「隊長、赦せ」
と、目を逸らしておっしゃった時。

全てがどれ程危うい状況の上に成り立っていたかを知った。

有頂天になった、安堵した、憂いが晴れただと。

己がどれほどの犠牲の上に一瞬の歓びを享受していたかを、次のチュンソクの言葉で思い知った。

王様が媽媽と共に回廊より宣任殿に入られる。
その御姿を背後より見つめていた俺に、チュンソクが恐ろしい程静かに言った。
「・・・迂達赤、甲組十名。乙組十名。他四名、計二十四名」

冷たい石が、腹に堕ちる。

「・・・討死いたしました」

俺の背後のトルベが堪え切れずに微かな呻き声を漏らす。
そうだ。奴は俺と共にここに残り禁軍掃討を行っていた。
朋輩のチュソクと、最期に会う事すら叶わずに。

トクマンが、副隊長の後ろで顔を歪める。
テマンが何か耐えるよう、唇を引き結ぶ。

俺はあの時チュソクに言った。
慶昌君媽媽とあの方を連れ、媽媽の幽閉されていたあの家を脱走し、逃亡した謀反人とされていた。
あの時開京から内密に会いに来たあいつに、王様への伝言を頼んで言った。

俺のせいで、命を落とすかもしれん。すまんな。

あいつは両目を見開き、呆然とした様子で俺を見た。
それでも冷汗を流し、考えたうえではいと返答した。

単なる命知らずの向こうっ気だけなら、俺はあいつをここまで重用しなかった。

あいつには、腕があり、そして人間味があった。
怖い時に怖いと正直に思える奴は、信頼出来る。
怖いもの知らずなのは、己も敵も知らぬからだ。

俺の、部下だ。大切な俺の部下だ。
チュソクだけではない。
今回討ち死にした二十四名とも、大切な俺の部下だ。

「・・・御苦労だった」
俺はそれだけ言うとチュンソクの脇を抜け、宣任殿とは逆方向に向かった。

 

******

 

討死した奴らの最後の振るった刀だけが供えられた、静かな廟堂。
仏前に供えられた白い菊の花が眸に痛い。
仏前に背を向け、揺れる蝋燭の灯の中で考える。

俺は一体何をしていた。

此度も、そして前回チョ・イルシンが徳興君を担ぎ、謀反を企て、王様と媽媽を皇宮より追い出した時も。

あの方を追いかけていた。

そうだ。今回は偽の婚儀を阻止し、前回は賄賂の罪で捕えられて投獄されていた。
大事な局面を二回も逃し、あの方に現を抜かしていた。
その場にいてやれれば、その場で手を握ってやれば、間に合ったかもしれぬものを。

俺はその間何を考えていた。
誰の手を握ろうとしていた。
こんな俺に、あいつらの命を預かる責など負えるか。
俺を信じてついて来いと、胸を張って言えるものか。

その時背後に、静かに床を踏む足音が聞こえた。
俺は立ち上がり振り向いて、頭を下げた。

仏前で王様が頭を下げていた。
振り向いた俺に
「そなたを待っていた。ここで何をしておる」

ご存じなのだろう。
双眸に薄く涙を湛えて俺の眸を見ぬよう、逸らしたままで尋ねられる。

「座っておりました」
「そなたの大切な部下、その者たちの命と引き換えに戻って来た。決して無駄にはせぬ。参ろう」

俺が従う事を信じ、そう言って背を預けて下さる王様。
俺は足を踏み出さずに声を掛ける。
「王様、某は」
「そなたは責められぬ」
「某の責任です」
「隊長、そなた」
王様がさすがに怒りを秘めた声で吐き捨てる。

「現場にいるべきだった某が不在だったせいです。前回も同じく。
チョ・イルシンの動きに気付きながらそれを防げず、今回も小半日投獄されておりました。
大事な局面でそれを防げず、王様は皇宮を追われ、某の部下は・・・死んだのです」

王様は言葉を失われたまま霊廟の奥へと進み、その椅子に力なく腰を下ろされる。

「王様。いつかお尋ねになりましたね、王様に仕える理由を」
「そうだな、確かに問うた」
「某にはあの方が一番で、この国、高麗への忠誠心などよく判りませぬ、王様」

王様は御顔を上げず、俺の眸も見ず、固い横顔で
「続けよ」
とだけ呟かれた。

「このような考えの者を、王様を最近で守るべき迂達赤隊長に据えておくのは危険です」
「それで」
「・・・お暇を」

王様が俺の言葉に、短く息を呑むのを聞く。
判っていながら俺は言葉を継いだ。

「頂きたく」

王様は椅子から腰を上げ、俺の横に立たれた。
それでも俺の眸を見ることなく、彼方に目を据えられたままで。

「明日の、都堂会議に出よ。
徳興君と府院君の処罰を検討する。この件は改めて」
初めてそこで一瞬だけ俺をご覧になり、そのまま御目を逸らす。

王様。
部下を失い王様を責めたり、恨みに思うなどそのような私心は微塵もありませぬ。
ご自身を責めておられる王様のお気持ちはこの俺が、誰よりも判っております。

俺の責任です。何もかも。
それでもあの方に呼ばれれば、駆けつけてしまう己の足はもう誰にも止められぬ。
故に俺は、王様のお側を離れるしか道はありません。
王様の為に、そして死んでいった俺の部下の為に。

八方塞がりだ。
俺が如何足掻こうと、周りから黒い闇が静かに迫る。

チュソカ、皆、俺を恨め。
お前らは武士として立派に戦い散った。
恨むなら俺を恨んでくれ。

俺のせいで命を落とした。本当に、済まない。
謝りきれぬ命の重さ、償いきれぬ罪の深さに、俺の内側の何処かが軋むような声を上げる。

この俺に、泣く資格など、ない。

 

 

【 或日、迂達赤 | 蒼天 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

いずれ書かねば、と思っていたお話の一つです。

しかしこの後は、せめて或日では、皆が一緒にいたあの日々の事を書いて行きたいと思います。
次回より、帰京後新生活篇です。

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