或日、迂達赤 | 小競合い

 

 

【 小競合い 】

 

 

「副隊長、隊長の歓迎会をしましょう」

夕の鍛錬も終わり、当直の歩哨が立った刻。
チュソクとトルベが俺の部屋に入って来たのは、そろそろ日も落ちる頃だった。

「そう言えばしてないな。隊長は起きているか?」
俺は階上の隊長の部屋を目で示し、気配を伺うが音はない。
「どうでしょうかね。ちょっと見てきます」
トルベがそう言うと、部屋を出て階段を素早く上がっていく。

 

*******

 

上階の隊長の部屋の扉の前に立ち
「隊長、飲みに行きましょう!!」
と大声で呼んでみる。否も応も返答はない。
「入ります」
と断り扉を押し開けるが、室内に隊長は見当たらない

いつもならでかい体を投げ出している寝台の上も、窓の横に置かれた生木の椅子の上にも。
何だ、外出か?

「何やってる」
いきなり背後から頭を叩かれ、俺は慌てて振り返る。
「隊長、いきなり」
隊長はそれを聞いて、鼻から太く息を吐く。
「斬るぞと言って敵が寄るか」

そう言いながら頭を手拭いでわしわしと拭うところを見ると、風呂を使ってきたか。
丁度良い。

「隊長、飲みに行きましょう!!」
もう一度、先刻と同じ言葉で隊長を誘う。
「飲みに」
手拭いで拭った後の乱れ髪の隙間から、隊長の鋭い視線が飛んでくる。
俺が頷くと隊長は少し考えた後
「行くか」

そう言ってあっさりと頷き、後ろ髪を紐でざっと纏め、部屋の隅に積んだ禄の革袋を一つ懐へ投げ込む。
そして足音高く階段を降りると、兵舎の階下の吹抜けで
「飲みに行くぞ、時間のある奴は来い!」
と声を張った。

あちこちから我も我もと、迂達赤が集まる。
副隊長の部屋からも、チュソクと副隊長が出て来る。
「隊長、良いんですか」

副隊長が余りにあっさりと誘いに乗った隊長に訊ねる。
「呑みたかったところだ」
そう頷くと隊長は副隊長に懐から出した禄をぽいと渡し
「面倒だから、会計はよろしくな」
と言って、集まった顔を見渡す。

 

********

 

「これで全部か」
「そうですね、歩哨以外はこんなものかと」

皆が互いの顔を見回して言うと、隊長は頷き
「善し」
そう言ってトルベの顔を見る。
「どこが良いんだ、お前らは」

トルベが嬉しそうに
「馴染みの店でいいなら城下に二、三あります」
と隊長に伝える。隊長は頷き
「案内してくれ」
そう言ってふらりと歩き出す。

 

店に着くと俺は先に金を渡し酒楼の主に頼む。
「これで飲めるだけ、出してくれ」

隊長の金は出さないでおく。
隊長の歓迎会だから、と思っての事だったのだが。

その酒は恐ろしいほどの勢いで空になっていった。
ほとんどが隊長の肚に呑まれて。
おいおい、こんなに飲む人だったのか。
さすがに用意した金子では足が出そうだ。

酒に強い者が多い俺達だが、隊長はあれだけ飲んでも顔色一つ変えておらん。
横にチュソクとトルベが座っているが、トルベは隊長とは逆の横に座る女人と話し込んでいる。

隊長は酒豪のチュソクと静かに飲んでいる。
杯を傾ける勢いはチュソクと対を張るほど、いやそれ以上に早い。
俺は金の算段の為に素面の方が良いと判じ、ほとんど杯に口を付けずにいた。

その時。入り口の方で、いきなりでかい声がした。

「なんだ、満席か」
見ると人相の悪い男たちが七、八人、入口に立っていた。

「相済みません、またのお越しを」
酒楼の店主が丁寧に断ると、男たちは店主を睨み
「こっちも客だろうが!」
そう言っていきなり他の客が腰かけたままの入口脇の卓を蹴飛ばした。

卓の近くに座っていたチンドンたちが立ちあがる。
「見て判らんのか。満席だろう、早く去ね」
そう言うと、男たちはぞろぞろと店内に入って来る。
そしてチンドンを睨め付けると、
「ずいぶん威勢がいいな」
と奴の襟首を掴む。
「何だと?」
襟首を掴まれたまま、チンドンが気色ばむ。

この手合いか、と俺は溜息を吐く。
面倒だな、どうするか。

すると店の奥に座っていた隊長が、酔っていると思えぬ素早さで席を立つ。
足早に俺の脇を通り過ぎる時、耳元で
「他の皆は出すな」
小声で呟きそのまま奴らの横を通り過ぎざま躓いたふりをして、そのうちの一人に軽く体を当てる。

「何をする!」
隊長がぶつかった男が、隊長の腕を掴む。
「お前らのせいで悪酔いしたんだ」
隊長が掴まれた腕を解いて言った途端
「何だと」
一斉に男たちから怒号が飛ぶ。

「煩い奴らだ」
無視を決め込んだ隊長は店外に歩を進める。
男たちがそれを追いかける。
その後を追い、チュソクが外に飛び出す。

そこに他の兵が続こうとしたところで
「お前らは出るな!」
と、俺は告げる。
「副隊長、でも隊長が!」
そう言う兵を抑え、
「隊長の命だ。ここにいろ。良いな」
俺は店中の奴らに告げて、隊長の後を追い店を出た。

 

店の外では隊長が男たちと向かい合っている。
「謝るなら今の内だ」
隊長一人と見くびって、数に物を言わせているのか。
男たちが言ったところで、隊長が奴らをあの黒い眸で睥睨して返した。
「そうだな。お前らが俺の部下に謝るなら、確かに今の内だ」
「何だと?」

男の一人がそう言って、隊長に手を伸ばす。
その手を軽々と交わすとそのまま突き飛ばし、隊長は二人目の男を殴り飛ばす。
相手の態勢が崩れた処で、三人目の足を払って転ばせる。
四人目が隊長の背後から抑えようとするところに、飛び込んでいったチュソクがその後ろから髪を掴んで地面に引きずり倒し、後はもう大混乱だった。

俺も向ってくる男の腕を肘で払い、肩を抑えて地面に捻じ伏せながら、 隊長の動きを目で追う。
あれだけ飲んでおきながら、隊長は薄笑いを浮かべ向かってくる奴らを叩き伏せていく。
あの調子なら安心だ。

そう思いつつ、俺は目の前の男の腹に蹴りを喰らわせた。

 

*******

 

「帰るぞ」
隊長が副隊長とチュソクと共に店に入ってきたのは、店を飛び出してから少し後の事だった。

俺は入口で隊長たちを出迎える。
「隊長、怪我は」
隊長はその問いに笑う。
「本気で聞くか」
「いや、相手の。殺してないですか」
「暫くは動けまい」

隊長はそう言うと店主に向かい
「騒がせてすまん」
と伝える。
店を荒らさないよう外に出たのだと、俺は気付いてた。

「隊長!」
「大丈夫ですか」
他の兵たちが戻った三人の周りに群がる。
「俺のせいなのに」
事の発端となったチンドンが隊長に言う。
隊長はそう言うチンドンを見て首を振る。
「俺ならお叱りだけで終わっても、お前らの名が万一上の耳に届けば最悪、役目を切られる。
禄が絶えれば困る奴もいる。家名を汚せば、お前らだけの責では済まん」

そう言われ誰も言葉を継げない。黙ったまま頷くだけだ。
無言で俺達の名を守った隊長に対して。

そんな空気を払うように、隊長が副隊長を振り返る。
「副隊長」
「は」
「金を出せ」
「・・・は?」
「懐の、隠し金を出せよ」

副隊長が懐からごそごそと、隊長の革袋に入ったままの金子を取り出す。
隊長はそれをそのまま、酒楼の店主の前に置くと言った。
「店主、これで買えるだけ酒をくれ」

慌てて店主が用意した大量の酒瓶を一本持つと、隊長は俺達を振り返り
「各自持て。帰って飲み直す。
副隊長もそれなら安心して飲めるだろ」
そう言ってふらりと店を出ていく。

皆が酒瓶を手に、隊長の背中を追って店を出る。

静かに、小さく、確かに、何かが変わり始めていた。

あの若い隊長を中心に。

 

 

【 或日、迂達赤 | 小競合い ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

勝手に開催、三連休のヨン祭前夜祭。
まずは迂達赤より参ります。

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