一服処 | Interlude ~ 恋々

 

 

【 恋々 】

 

 

長い間忘れていた。二度と囚われる事は無いと思っていた。

そんな恋々たる愛執に、絡め取られて動けない。

正しい事なのか、誤っているのかすらどうでも良い。

心の命ずるまま足を動かせば、辿り着く処は一つだ。

 

あの欅の幹に凭れ、ただひたすらに夢想する。

駈け寄る姿を。呼ぶ声を。笑う瞳を。風に漂う花の香を。

忘れているかもしれない。戻る気もないかもしれない。

それでも恋々と残る胸の想いの断ちきり方が判らずに。

 

体を壊します。せめて食事を。休むなら屋根のある処で。

代わる代わる掛かるそんな言葉は聞き飽いた。

出来るなら疾うにしている。出来ないのだから放っておけ。

そう怒鳴る事すら出来ない。奴らの胸裡もよく判る。

 

声を忘れた気がする。戦場で飛ばす檄の声以外は。

この咽喉に痞えているのはたった一言だけだ。

呼んでも今は答の返らぬ事を思い知るから口にはしない。

いつか再びその名を呼ぶ事が出来る日だけを待っている。

 

気の遠くなる刻を経て美しい琥珀が生まれるように、

海に眠る貝がその中に抱いた白く光る真珠のように、

想いも総てを全うした時、そんな美しいものになるだろうか。

恋々たる想いが黒い雑念を凌駕した時、其処に唯ひとつ

硬く清らかに透き通る宝珠が残るのだろうか。

 

あの方がいつか戻って来て、この欅の下でそれを見つけたら。

残る宝珠の美しさに笑むだろうか、残された哀しみに泣くだろうか。

それがまだ判らないから、諦めることも経ち切る事も出来ない。

 

日々は静かに巡って行く。この心裡など関係無いと言いたげに。

冬の間だけは戦に関わる事もなく、日がな一日待っていられる。

眸の前の開けた蒼穹の東から陽が上がり、西へと落ちるまで。

そしてその頂上に撒いた銀の砂のような冷たい銀の星が輝き、

時に冴え冴えと凍った色の月が光り、朝陽に色褪せて行くまで。

いつの間にか座る事すら許さぬ程の深雪は緩み、

足許に小さな流れを作り、

それが乾けば見る見るうちに緑色の下草が萌える。

 

季節は移り変わって行く。命はこうあるべきだと教えるように。

誰の胸裡にどんな痛みがあろうとも、関わり無いと言いたげに。

あの小さな姿を待つ事もこの胸に残る影を慈しむ事も止めた時、

立てた誓いをすっかり忘れて恋々たるこの想いを断ち切った時、

もしもあの方が戻って来られるのなら。

 

それなら俺は今此処で、その総てを綺麗さっぱり捨てて見せる。

あの方さえ無事に笑って、楽しく生きていけるなら。

他の誰よりその涙を見たくない。

他の誰より倖せになって欲しい方だから。

 

捨ててみせると拳の節が白くなる程に固く指を握り込む。

握り込んだ拳の中から、生温かい滴が落ちる。

ふと気付いてその掌を広げれば其処に刻んだ四つの半月から

搏動に合わせて滲みだす赤い水が滴り落ちて行く。

痛みはない。ただ逆手の指先で拭っても滲み続ける赤い水に

己のしぶとさを改めて感じるだけだ。

 

生きたい。護りたい。逢いたい。忘れられない。

滲み出る赤い水の最後の一滴まで、搏動の最後の一打ちまで。

 

忘れる事など、出来る訳が無い。

忘れられるくらいなら、これ程待ったりしない。

泣く事も話す事も忘れた木像のように立ち尽くしたりはしない。

 

ただ逢いたいだけだ。そして訊きたいだけだ。

あの時の問いをもう一度。その返答をもらいたいだけだ。

 

この命の限り護る。だから一生共に居てくれますか。

 

取り憑かれた妄執でもなく、恋々たる愛執の果てでもなく、

真実の答を正しい言葉で、あの方の口からあの声で。

どんな答であれ構わない。今よりきっと楽になれる。

何も出来ず手も足も出ず、こうして帰りを待つ日々よりは。

 

知りたいのは正直な答。呼び掛けたいのはその名。

確かめたいのは無事な姿。見詰めたいのはその瞳。

その中で今の俺に許されるのは。

 

冬の間動かす事を忘れた唇を、舌先で湿らせる。

下唇を軽く噛み締め、動かせる事を確かめる。

 

冬から春へと移る季節の風の中、眸を閉じて呼ぶ。

唯一つこの脳裏に刻まれた、誰より呼びたい人の名を。

 

声は風に吹かれ、欅の枝を揺らし、昨日より春色の空の下を

何処までも遠く運ばれていった。

 

届けと祈るこの恋々たる想いと共に。

 

 

 

 

【 恋々 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

ご心配をお掛けしました。本当に申し訳ありませんでした。

たくさんのメッセージやコメント、本当にありがとうございます。

今は何をどう書いても嘘になりそうなので・・・

ただ少しずつ復活出来ればと思います。心も、体も。

 

 

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27 件のコメント

  • SECRET: 0
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    さらんさん!!
    大丈夫ですか?
    更新なくて心配でした…(T_T)
    久々の更新すごーく嬉しいです♪
    でも、無理しないで下さいね!!(。´Д⊂)

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん❤️ 良かった❤️
    お休みする理由なんて公表する事はありません。ブログの更新はさらんさんの自由な時間に自由にするものですものね。
    分かってます!
    ただ、心配だっただけ。
    栄養不良で入院した事もあるから。
    それにさらんさんのチェヨン君とウンスちゃんが大好きだし。
    毎日更新してくれてたから。つい期待しちゃって。
    さらんさん❤️
    ラブ❤️

  • SECRET: 0
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    お心や、お体、まだまだ本当の状態には戻られていらっしゃらないのですよね。
    そんな中、また書いてくださること…、ありがとうございます。
    ゆっくりで大丈夫です…と言っても、書き始めるとさらんさんの指は動いていくのだと思います。
    さらんさんの「信義・シンイ」二次…、さらんさんの紡ぐ言葉、情景、感情にはいつも、心を揺さぶられます。
    ゆっくりで大丈夫です…と、また言います。
    でも、さらんさんのヨンとウンスに、逢いたくて逢いたくて逢いたくて…
    気持ちが矛盾しています。
    ただ、お体をご自愛くださいね。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、更新ありがとうございます。
    いつもこちらを気遣って、言葉を送ってくれる さらんさんだから、この沈黙は書けない状況、心境なんだろうな、と思っていました。
    毎日の更新でなくても、書きたい時に書ける時に、信義の世界のお話を書いてください。私は静かに静かに、その時を待っています。

  • SECRET: 0
    PASS:
    朝に晩にお話を紡いでいらしたさらんさんが沈黙されるとは、かなりの非常事態なのだと思い心配しておりました。
    少しお元気になられたのですか。久しぶりにお話の更新があり、本当に嬉しかったです
    お話は待ち遠しいですが、何よりもさらんさんの健康が一番大事です!心も体も十分落ち着きをお取り戻すまでは無理しないでくださいね。完全復活される日をいつまででも、のんびりお待ちしてます。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん。おかえりなさい。
    また、さらんさんのお話が読めて本当に嬉しいです。
    お話アップしてくれたってことは、気持ちが落ち着いてきたってことなのでしょうか。
    無理はなさらず。
    さらんさんの心から、ヨンアとウンスがあふれでてきたときに、お話続けてくださいね。

  • SECRET: 0
    PASS:
    こんばんは、さらんさん。お久しぶりの更新、凄くおまちしてました。何があったのか、わかりませんが、あの方が兵役行って寂しくてですか?また、栄養失調になってしまったですか?復活は嬉しいけど、無理だけはしないて下さいね。身体が資本です。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさま
    良かった。
    言葉はいりません、
    ただ、いらっしゃってくだされば。
    本当に、安心しました。
    お体でも悪くしていなければいいな、と思っていたので、
    良かったです。
    まだまだ寒い日があります、お風邪などめされませんように。

  • SECRET: 0
    PASS:
    たーくさん いっぱい
    そして ゆるりと…
    沸き上がるものがあって
    沈むもの…もあって
    静かに出でるものも…ある
    時を置く
    待つ時間…顔に体に…降れる季節…
    触れる温もり
    ゆっくりと…ゆるりと
    変わりゆく時
    引き戻される時
    実感する時…
    ゆぅるりと…紡ぐ
    沢山の見えない山に登った貴女へ

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさんのヨンに、また出逢えたことを嬉しく思います。
    でも、何かが辛いなら無理せずに。
    いつでもいいのです。また逢えることだけ分かっていればそれで。
    くれぐれも、無理しないで下さいね。

  • SECRET: 0
    PASS:
    どう、今のこの気持ちを綴れば良いのか、その術が
    分かりません・・・。
    とにかく、こうしてアップして下さった事に
    一先ず安心しました。そして、感謝もしています。
    ゆっくりと、さらん様のお気持ちのままに
    お話を紡いでいって下さると、いち読者として
    とても嬉しく思います。
    2枚の画像が本当に素敵です。
    有難うございました。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様
    お帰りなさい。
    お待ちしていました。
    お休みされてる間ずっと、メッセージを送るべきか、送らない方がいいのか悩んで、さらん様のプレッシャーにならないよう、あえて送らない方を選んでお待ちしていました。
    再アップされている過去のお話を読み返していました。
    さらん様のヨンとウンスに早く逢いたかったです。
    3週間程なのに、とてもとても長く感じられました。
    7:44と21:44にチェックする毎日でした。
    もしかしたら他の時間の44分かも・・・と思って、手が空く度にチェックしていました。
    比べものにはなりませんが、ヨンの気持ちが少しわかった気がします。
    帰ってきて下さってとても嬉しいです。
    無理はなさらず、ゆっくりと。
    関西弁では「ボチボチいこか」です(^-^)

  • SECRET: 0
    PASS:
    何度もコメントしようか、それともメッセージにしようかと書きかけて、余計に負担になるかもとやめました。
    このままあの日のように全ての過去の作品と共に消えてしまうのではないかと心配しました。
    帰って来てくださってありがとうございます。
    さらんさんペースでゆっくりでも続けて下さったら嬉しいです。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん
    待ってました。が(*^^*)
    少しづつです。
    無理はダメです。
    ゆっくりゆっくりゆっくり
    お話に涙が出ました。
    辛くともお話を書いてくださり
    だただた涙
    心配しました。
    心と体が安定するように
    祈ります。
    すぐ無理をするさらんさん。
    どうか無理はしないでください。
    さらんさんを愛する読者より。

  • SECRET: 0
    PASS:
    毎日更新を確めたくて、ここを訪れていました。
    ご自分の言葉で語ってくださる日が来る。そう思っていました。作品はきっと届けられると。。
    避け難く訪れる暗闇の時を打ち破る言葉。さらんさんは、持っていらっしゃる。
    人生の深みから生まれる言葉を。
    作品に再会できてただただ嬉しいです。
    何というラブレター。。
    ご無理はなさらないように。

  • SECRET: 0
    PASS:
    おかえりなさい。ありがとう
    1週間2週間・・・
    止まってしまった更新に心配ばかり募りました
    でも良かった!さらんさんが帰ってきた!!
    少しづつ少しづつでいいんです
    立ち直ってくださることを心から祈ります

  • SECRET: 0
    PASS:
    心配してました…体調崩されたのかな、いつも私達にお知らせしてくださるのにそれも出来ない状態なのかな、メッセージ送りたいでも静かに待っていた方がいいかな、いろいろ考えて…
    声を聴くことができて本当に本当に嬉しいです 無理なさらずさらんさんのペースで くれぐれもお体ご自愛くださいね

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、大丈夫ですか?
    お話を再開してくださり、すごく嬉しかったです。
    でも、無理してないですか?
    ゆっくりでもいいです!
    お話を書いてくださることを待ってます♡
    いつも、わがままなことを言ってますが、
    さらんさんが書いてくださるお話が本当に好きです♡

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