「ムソンさんに何かあったら、この人が苦しいの。それだけは困るんです。
私はワガママで、歴史の事もよく分からないから。
この人が幸せで、無事で、長生きしてくれればそれでいい。だから協力して下さい」
次に呆気に取られて口を開けるのは俺だった。
ムソンの火薬作りを応援すると言うなら判る。
王様の御為にご自身が尽力すると言うなら判る。
それをこうもはっきり、俺の為に協力しろなど。
そしてそれを受け、口籠っていたムソンまでが満面の笑みを浮かべるなど。
「良かった。そうしてはっきり仰って頂けると嬉しいです」
ムソンは朗らかに言うと、この方に向けて確りと頷いた。
「奥方様は思ってた通りの方だ。大護軍様をすごく大切にしてる」
「おま」
「もちろん、そうですよ!」
止める前にこの方は、ムソンに向けて断言した。
「だからムソンさんも協力して下さいね?」
「はい!」
「体の事は何でも相談して下さい。この人の為だと思って」
「はい!」
ムソンから言質を取ったとしか思えない。
集う面々の前でこうして声に出させて。
己の身を守り、俺の声を聞けと。
俺のこの方は時折、此方の考えの上を行く。
「だって、ヨンア。良かったね」
「・・・はい」
「其方の話が纏まったら」
東屋の中、好き勝手に座った連中の間から叔母上の声がした。
「次は此方だ。迂達赤はいつ来る」
西空の陽の傾き具合と色から、今の頃を読む。
凍っていた鍛錬場の整備。長かった冬の後。
この晴天ではチュンソクとて鍛錬に励むしかあるまい。
ムソンを迎え、康安殿と軍器寺を行き来する俺が抜けた分まで。
「直だ」
「揃ってから話すか」
「ああ」
同じ話を幾度も繰るのは面倒で頷くと、珍しく叔母上も同意するよう東屋に面した庭を見た。
「満開だな」
声につられるように、面々も陽射しの中の櫻木へ目を送る。
「綺麗ですね」
「枝を落としても咲くもんなんだな」
「一雨来たら散っちまうねえ」
「でも、あれ」
この方は席を立つと櫻木の許へ寄り、其処から東屋を振り向くと尋ねた。
「桜って切ってもいいの、ヨンア?枯れちゃうんじゃ?」
一時もじっとしないこの方の許へ歩み、並んで櫻木を見上げる。
「切って良い時候と、切って良い枝があります」
その声にこの方がもう一度櫻木を見上げる視線に諭す。
「大枝は落としても二本まで。それ以上落とさねば枯れません。
落とす時候は必ず子月、立冬雉入大水為蜃までの雪の前。
早過ぎても木を傷め、遅過ぎれば枯らします」
見上げる櫻木は残した枝の櫻花は無論のこと、落とした枝の切り口から幾本もの細枝を伸ばし、その先に櫻花をつけていた。
古木の櫻雲の風情とはまた違う、命の芽吹きそのままの勢いで。
「ヨンア」
櫻花を見上げたまま、先刻までとは打って変わった囁き声が呼ぶ。
「まさか、銃を盗むつもり?」
「じゅう」
「ああ、この時代は何て言うの?鉄砲?火薬を詰めて、弾を打つ。でも船に載せるような大きなものじゃなくて」
「・・・火槍、ですか」
この方は、一体何処まで考えて口にしているのか。
何処までご存じで、俺に問うて下さっているのか。
いつもなら天衣無縫な振舞いに肝を冷やすのは俺なのに。
「イムジャ」
「考えてたのよ。おかしいもの。火薬はもちろんすごい発明品だろうけど、船に砲を積んでたんならそれの作り方も知らなきゃいけない。
火薬だけあったって何かを吹き飛ばすくらいにしか使えない。じゃあ銃本体はどこから来るの?
きっと高麗で作ったはずよね。敵がどうぞって譲ってくれるわけない。じゃあ誰が知ってるの?」
「イムジャ」
「ムソンさん?でも火薬で手一杯のムソンさんが銃の構造まで知ってるのかしら。戦場に出たこともない、兵でもないのに?
消去法よ、ヨンア。王様が秘密の命令を授けるくらい信用されてる人、火薬を作れる人も知ってる人、そしてこの国の為に命を賭けようとする人」
あなたの髪に落ちる、散るには気の早い櫻花。
その花弁を指で摘まむ振りで、小さな頭にそっと触れる。
「許さないわ」
感謝をする振りで俺を見上げた瞳は、心痛と怒りで赤い。
「イムジャ」
「許さないわ。そんな危ないこと、絶対」
「・・・イムジャ」
許すか許さぬかではない。誰もが戦っている。命を賭して。
守りたいと欲して終わるか、対峙に備えて己を鍛えるか。
「国家機密のはずよ。相手に簡単に教えるわけない。それなら盗むんだわ。ムン・イクチョム先生が危険を覚悟で、木綿の種を盗んだみたいに」
文益漸。それが誰かは知らぬ。
ただ判ったのは、この方に此方の手の内が露見している事。
そしてこの方はそれを伝えようと、今まで待ち構えていた事。
「筆箱に入れられる木綿種とは違うのよ?大きいものでしょ?」
「故に手裏房と、鍛冶の手を借ります。情報を集める。鍛冶であれば現物を知る可能性も」
「知らなかったら?」
「知るか知らぬかを問うのが先です」
「聞いて、全員知りませんって言われたらどうするの?」
こんな時こそ邪魔者の出番だろう。誰かに割って入って欲しい。
だが春の櫻花の許、俺達に割って入るような無粋な奴はいない。
花の許、並ぶ俺達の姿は遠目に見る分には睦まじく映るだろう。
互いの心の中に、一歩も譲れぬ春の嵐が吹き荒れていようとも。
「先ずは確かめる」
「確かめて、知らなかったら?」
「イムジャ」
いつからこんな思いを抱えていらしたのだろう。
いつからこれを口にする契機を探していたのか。
櫻木にかこつけて、東屋を離れてから問うなど。
「1つだけ約束して。ヨンア」
既に櫻花の口実を失った俺達は、花の許で真直ぐに向かい合う。
「行くなら私も連れてって。1人でなんて、絶対に行かせない」
そうだ、この方がおっしゃる事も知っていた。
戦っている方だから。俺の為に全てを賭して。
そしてあなたも知っている。次の俺の言葉を。
「出来ません」
作り笑いも、穏やかな振りも。
春波に遊んでいたあなたはいない。
腕の中、胸許に寄せた春波もない。
満開の櫻花の許、互いの顔を見つめ合う。
譲れぬ己の頑迷さにほとほと厭気が差す。
それでも同じだ。あなたが婚儀を餌にあの男に近づいたように。
護る為なら、己はどうなろうと構わない。
「大護軍、遅くなりました」
その時何とも都合良く、間の悪い男の声がする。
酒楼の門を並んで来るチュンソクとテマンの影。
呼びかけたは良いものの振り向いた俺の影にこの方を見つけ、チュンソクが慌てて目を逸らし頭を下げる。
此度だけは褒めてやる。今こそお前が必要だった。
その間の悪さで俺達に割って入り、この水掛け論を止める誰かが。
「行きましょう」
面子は揃った。立ち止まっている暇はない。
俺の声にあなたは慌てて瞬くと、赤い目許を隠して深く息を吸う。
最後にもう一度俺を見上げる。迷いのない瞳で。
映るのは春の霞空、揺れる櫻花を背景に立つ俺。
その景色を揺らす春の波。
瞳いっぱいに張られた、今にも零れ落ちそうな。
何処まで苦しめるのだろう。先の世を知るのはこの方の罪ではない。
天啓のはずの預言の所為で、この方はこうして隠れて泣いている。
「うん」
春の波は堪え切れずに、その目尻から一滴落ちる。
拭う資格もないこの指が、波の洗った頬を撫でる。
春に相応しくない重い気持ちで、東屋に向け歩き出す。
そんな俺達の背後から、チュンソクとテマンが従った。
【 一服処 | 春波 ~ Fin ~ 】
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ヨンには危ないことしてもらいたくない、ウンスの思い。
関わらない訳にはいかないならば
少しでも側に!
邪魔が入ろうと ウンスの
覚悟は変わらないよー
更新ありがとうございますm(__)mヨンアの覚悟もだけどウンスは更に上を行く…いかんせん先を知る唯一の…上手くヨンアとウンスが一緒に歩めればいいね(*^^*)ウンスの言葉をきちんと聞かないとヨンア痛い目みるかもよ…危険だからではないだからこそ関わるヨンアの為王様、媽媽の為それがウンスよ(^-^)v