一服処 | 珠の匣・9

 

 

「大護軍・・・申し訳ございません」

翌朝。灰色の空。
底冷えの我が家の庭に武閣氏らと向き合い、俺は茫然とその荷を見詰めた。

再度屋敷を訪れた武閣氏たちの何とも気まずそうな顔。
対面する俺の眉間にもついつい深く皺が寄る。
「これは・・・」
「チェ尚宮様より、文をお預かりしております」

昨日と同じ武閣氏が文を差し出す。
それを開けば、墨痕鮮やかな叔母上の手蹟にて
「畏れ多くも王妃媽媽より、医仙への御使い物。決して断るな」

昨日より少し長い。叔母上も俺の心が判っておると見える。
「なお、チェ尚宮様より大護軍に御伝言が・・・」
「・・・何だ」
「断れば、判っておろうな、と・・・」
言い難そうに目を逸らし、武閣氏が言う。

「役目とはいえ言い難かろう。済まん」
この武閣氏のせいではない。
俺が伝えると先頭の武閣氏は何故か頬を朱に染め
「では、お受け取り頂けますか」
そう言って後ろの武閣氏の持ち荷に、ちらと目を遣る。

このまま持ち帰らせることは易い。
しかし王妃媽媽のご厚意を無にするのも、使いの武閣氏らの面目を潰すのも本意ではない。

「・・・ああ。預かろう」
そう言うと武閣氏が嬉しそうに、その荷を俺に手渡す。
「それでは、失礼いたします」
「御苦労だった」
武閣氏たちが頭を下げ、屋敷の門を抜けていく。

叔母上。
王妃媽媽のご厚意、武閣氏の面目はともかくとして、叔母上には言いたい事がある。
正面からな。

そう思いつつ預かった荷を手に宅の玄関に回る。
厨の卓上には昨夜の重箱の中身がほとんど減らず、そのまま置いてあるというのに。

今日の荷を居間の卓上に置き、卓前に座った俺は息を吐く。
王妃媽媽は高貴の御方。下々の事情など当然ご存じでない。
しかし度を越そうとすれば。
時には過ぎたご厚意を御止めするのもまた忠臣の役目ではないのか、叔母上。
何故。
何が楽しくて、二日も続けてこのように御使い物を送って頂く王妃媽媽を御止めせぬ。
厨の水桶の面に薄氷が張る寒い時期で幸い。夏であれば喰い切れず、とうに傷んでいる。

厨へ降り、暫くの間首を捻る。
そろそろあの方の薬湯の時刻。
粥も温めねばならん。
しかし厨で火を使えば、昨日の王妃媽媽の御使い物は如何する。
厨が暖かくなって傷んだりせぬのか。

「大将軍」

その声に厨の外へ続く裏木戸を見ると、典医寺からの遣いの薬員が薬缶を手に立っていた。
「本日の薬湯に御座います」
「手間を掛ける」
その薬缶を受け取り、昨日運ばれた薬缶を返しながら俺はふと閃いた。
「遣いついでで悪いが」

 

薬員は幾度も
「宜しいのですか」
そう訊きながら俺が頷くのを見て
「それでは遠慮なく・・・皆で有難く頂戴いたします」
そう言って昨日王妃媽媽に頂いた品の内、温まってはまずそうな品々を抱え、厨の裏木戸を出て行った。

まさか俺が厨に立ち、このように誰かに裾分けなど。
己の姿に笑いがこみ上げる。初めての事ばかりだ。

安心してようやく竈に灯を起こし、粥の鍋と薬缶をかけて寝屋へ戻る。
「ウンスヤ」

声を掛けると寝台の上、くぅんと仔犬のような声を上げたこの方が体を伸ばす。
「・・・おはよう」
「よく寝ましたか」
「すっごい熟睡したわ。あなたは?」
「泥のように。今、典医寺より薬湯が届きました。
それから王妃媽媽から再度、御使い物が」
「え」

さすがのこの方も驚いたように目を丸くする。
「ええ」
俺が頷くと
「うわー、さすがにそれは・・・」
この方も事の大きさに気付いたか、そう言うと眉を下げる。

「再び誰かが来れば皇宮へ参ります。叔母上に話さねば」
「うん、よろしくね・・・でも、あんまり怒んないでね?」
「大丈夫です。さあ、起きられれば食べて下さい」
「うん、お腹空いた。一緒に食べよう」

食欲も戻って来たか。
安堵に胸を撫で下ろし、声に笑って頷き返す。

 

「大将軍、おはようございます!」
この方の飯が済み薬湯も飲んだ後。
朝の光が入るようにと開けた格子戸、庭と廊下を隔てる格子戸の外でテマンの声がする。

「入れ」
声を掛けると、
「はい!」
テマンが障子を開けて顔を覗かせ
「あ」
急に声を上げられ、俺はテマンの嬉しそうな顔を見返す。

「大護軍、よく寝ましたね」
「・・・おう」
「良かった!」

その遣り取りに、目の前でこの方が笑う。
「テマナ、良いお医者になれるわ。ちゃあんとあなたの事を見てる」
「俺が分かるのは、大護軍のことだけだから駄目です」
テマンが照れくさそうに言い、頭を掻いた。

二人して随分と、姉弟のように仲良いことだ。
その様子に苦笑し、テマンに尋ねる。
「この後、少しばかりいられるか」
「もちろんです!」
「所用にて暫し空ける」
「はい!」
「出る時には声を掛ける」
「分かりました!」

そう言うとテマンは一度頭を下げ、庭へと戻って行った。

「では」
「あんまり遅くならないで帰って来て。凄く寒いから、気をつけてね」
「休んで下さい」
「うん、もう少ししたら」
「体が冷えるほど此処に居っては」
「分かったから、ほらほら早く」

この方が立ちあがり俺の手を引く。
それほど早々に発たせたいのか。

「早く去ねと、尻を叩きますか」
俺が言うとこの方が首を振って
「早く帰って来てもらって、一緒にいたいから。早く行けば、早く帰れる。でしょ?」
「・・・行って参ります」

それを聞き、俺はその場で踵を返した。

 

 

 

 

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16 件のコメント

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    王妃様とヨンの間に。
    きっと頭も痛かろう。中間管理職、難しいですね(((^_^;)
    止められるのか?ヨンとチェ尚宮に…
    楽しみです♥
    また覗きに参ります♪φ(´ε`●)←最近これが好きです。私みたいで♪

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    さすがに誰も王妃様には突っ込めないでしょうから、こちらで
    大家族かよ‼
    なんて呑気な事を言っていられるのも後少しでしょうか

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    先頭の武閣氏ってチャンソク三角関係騒動の時の女人かしら?と思いました。
    日本の大奥でも御台所が一口食べるたびに御膳が替わっていたと聞きますのでやんごとなき身分の御方はそれなりにという量をおわかりではないかもしれないですね。御厚意だけに断れないからうーーん( ̄~ ̄;)

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    チェ尚宮の手紙の内容と伝言が知りたいです。
    どのようなことが書かれていたのでしょうか?
    王妃の暴走のこと?
    でも、ウンスを姉のように思っているからこそ
    ねぎらっていただけてるのでうれしい限りですよね。
    この後の行く末楽しみです。

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    おお、ヨンの見習い主婦業もさまになってきましたね。頭いいからかよく 気がつきますね、長続きはしないだろうけど。会話の端々に誤解を招かないよう、なんでも聞いてるのがいいですね。早く行けば早く帰れる… ドキッとしますね。この後、久しぶりにチェ尚宮登場ですね。思いがけず長くなった一服処ですが、楽しんでますよ。その先がまた戦でどーーんときそうですから。

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    姉とも思っている医仙のためなら、えんやこら。精のつくものを届けるように。とかチェ尚宮に言ったんでしょうね。二日も続けて。なぜ叔母さまはお断りしなかったのか。テホグンチェヨン、王妃媽媽とチェ尚宮に上手にお断りできるでしょうか?(^^)

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    早く行けば、早く帰れる。でしょ。
    行って参る。
    はや・・(笑)
    笑っちゃいました。
    鬼と言われた大護軍は何処に行っちゃったのでしょう?
    こんなヨンにしてしまうウンスは凄い。

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    完全オカンですね、ヨン☆
    婚姻前にこーいう奥様の悩みどこを体験するのは良いことです♪
    そして私の食い付きどこ
    > 先頭の武閣氏は、何故か頬を朱色に染め
    …【何故か】じゃありません。
    「そーいうとこも貴方のいいとこ」なんでしょうが、こーいうところが己の首を締める…わけですね…合掌(-人-)

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    さらん様、こんにちは❤
    ホントにテマナは、ヨンの事が良く分かりますね。
    それだけ常に観察していると言う事でしょうか?
    そう言えば、ヨンは自分以外の男が、ウンスに近寄ったり、視線を向けるのを以上に嫌います。
    護衛させなければならないので、迂達赤を付けますが、それだって場合に寄っては、死なぬ程度にヤラレます。
    ですが、テマナに関してだけは、その類の心配をしていない様に感じるのは私だけでしょうか?
    テマナは、ウンスの事が大好きですが、それ以上にヨンLoveなので、ヨンの動物的な勘が、安心を感じているのかも...。
    側に付かせていた、トクマニにさえ危機感を感じる事も有ったと言うのに。(*^_^*)
    なんにせよ、ヨンにとって、ウンスとテマナは、特別なのですね❤

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    >あみいさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    まんまと風邪です。喉痛いです。
    先頭の武閣氏は、おっしゃる通り、武閣氏副長
    リジをイメージして書きました。
    ヨンが突っ込まないので、あえて表記はせず(;^_^A
    やんごとなき姫の暴走を止めるのは、ヨンではなく
    やはりやんごとなき御方でしたが・・・(*v.v)。

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    >ko_sayuさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    文の伝言は、もうあの通りの中身で。
    そっけなさがチェ尚宮様の持ち味です(;^_^A
    これもそろそろ終わり。どうなりますか・・・

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    はー風邪です。チェヨンさまも十分お気をつけを・・・
    続きませんね、せいぜい一日くらいが限度w
    今は緊急避難の為、やっているだけかと( ´艸`)
    そろそろ終わりですが、あとしばし
    お付き合い頂ければ・・・❤

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    何故か、本日タネあかしです(●´ω`●)ゞ
    やんごとなき姫を止めるのは、市井の民のヨンではなく
    やはりやんごとなき御方でしたが・・・
    でなければ媽媽もお聞き入れ頂けずw

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    >みわちゃんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    ええもう、そんな感じですよ、これからはきっとw
    馬鹿ッポーですから(〃∇〃)
    それ以外とのギャップが、今後は浮き彫りに・・・

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    >chamiさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    何故か、なんですね、ヨンにしてみれば。
    目の前の出来事をそのまま見ても、理由は考えず。
    先日までは頑固なヨン爺でしたが、今はヨン母。
    イメージだだ崩れです・・・・°・(ノД`)・°・
    そろそろ戻る時間なのでは・・・!

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    >夢夢さん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    ヨンは、うちの話ではテマナにだけは
    その類の心配を、全くしてないです。
    本編のあのイメージで、時が過ぎた分
    もっと信頼が強固になったかもしれません。
    特別ですね・・・今はヨンの周囲の人間は、
    彼にとって、皆特別だと思います。
    ウンスのおかげで、ウンスと共に新しく( ´艸`)

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