2014.11.08 ■珠の匣【長編】さらん

一服処｜珠の匣・1

典医寺を出で、真直ぐに宅に帰る。
一刻も早く休ませねばならぬ。

「お帰りなさい、大護軍」
「おうテマナ、急に留守を預け済まなかった」
それだけ言うとこの方を馬から降ろす時間も惜しく、小さな体を横抱きに庭を通り抜ける。
テマンがその勢いに驚いたように、愛馬チュホンを牽いていく。

「着きました。早く横に」

言いながら抱いたこの方を寝屋の寝台に静かに降ろす。
その上衣の袖の端を、細い指がきゅっと掴んで離さない。

「･･･これでは動けません。第一そのままでは、また熱が上がる。
早く布団をかけて下さい。薬湯も用意する、離してくれませんか」

丸い瞳が俺を見たまま、ふるふると首を振る。

「ウンスヤ、俺もたいがい怒る。我儘もいい加減に」
「だって、教えてくれるって言った」
「確かに言った。三日したら。
そして今教えたい俺の気持ちは間違いなく、あなたに早く寝台に入ってゆっくり眠って頂きたい。
それだけです。分かりましたか」

そう言うと細い指は、名残惜しそうに袖から離れる。
俺は安堵しその体の下にあった掛け布団を手繰り、小さな体ごと包みこむ。
そしてそのまま寝屋を走り出る。
厨の卓の上に置いた薬湯を茶碗に移し、寝屋へ取って返す。
「飲んで下さい」
「･･････やだ」
「は」
「苦いから、やだ」
「ウンスヤ･･･」
そうだ、思い出した。
この方はあの時も毒に冒され、目覚めて薬湯を飲ませるのにどれだけ俺の手を煩わせたか。

師叔とマンボの目前で俺が肩を抱き一息に飲ませるまで、口を真一文字に結んで。
甘えている。それは判っている。
しかし。

「それなら飲まずに居れば良い」
「･･･え」
俺は驚いた顔の中、その丸い瞳を覗き込む。
「飲まずに、居れば良い。但し」
片頬で笑って告げる。

「俺も飲まぬ。イムジャが如何励もうとどれだけ苦労して煎じようと、今後薬湯は飲まぬ。
あなたが今している事は、そういう事だ。心配をかけて嬉しいか」
「･･････」
この方は俺の手から茶碗を受け取り、一口飲んで吐き出しそうな顔をする。
其処まで見届けてから茶碗を受け取り肩を抱いて、胸に寄り掛からせる。

「ゆっくり飲んで下さい」
「最初から、そうやってくれれば良いのに」
「それでは駄目でしょう」
それでは駄目だ。それでは俺はきっと、あなたを甘やかし過ぎるだろう。

ようやく茶碗一杯の薬湯を飲ませ終え、この方に手拭いを渡す。
口を拭って頂いてから、寝台に体を寝かせる。
薬一杯でこの騒ぎか。本当に手の焼ける方だ。

此度の騒ぎでもう一つ気付いたことがある。
この方がこうして伏しておられる間に、話をしておくのも良い機会だろう。

「まずは薬を、そして柔らかいものを。
拵えられるとは思えぬので、マンボへ声を掛けてみます。
とにかくよく食い、よく休んで。
何か召し上がりたいものはないですか」
「今は薬がまず過ぎて、食べ物なんて考えられない･･･」

本当に気分が悪そうに、この方が俺に訴える。
その声に噴き出すのを堪える。
「良薬口に苦しと申します。
医官たる者それくらいは我慢して下さい。
俺にも何かあれば、そうした薬を飲ませるのでしょう」
「薬効を上げて味も良くするために、いろいろ考えてるとこなのよ。
蜂蜜とか黍砂糖とか、棗とか栗とか。
あなたにただ不味いものを、元気になるからって飲ませるなんて、嫌じゃない？」

ふむ。
薬を頑張った褒美にそうしたものでも渡せば、この方も喜ぶのかもしれぬ。

俺は肚の中でそう計じ、ふと笑いがこみ上げる。

自戒する傍からこれだ。厳しくなりようもない。

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37 件のコメント

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さらんさん休まずに更新してくださる
のね(。>д<)
有り難いですが大丈夫ですか？
いろいろな葛藤しつつ更新されてる？
パワーを感じます！(///∇///)
なにもできませんが声かけだけでも…
無理なさらずに(*^^*)
ご自愛くださいねp(^-^)q
さてヨンとウンスの関係がどのように
変化していくのか楽しみです。
お話ありがとうございます( 〃▽〃)

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