2014.11.11 ■珠の匣【長編】さらん

一服処｜珠の匣・5

「食べられるなら、膳を運びます」

そう言った俺を見ると、この方はねだるように言う。
「ここじゃなくて居間で食べたいなあ。ずっと寝てたから体が痛いの」
「動いて大丈夫ですか」
怖々問えば、
「ベッドレスト、ああ、ずっと寝てなきゃいけない、そんな病じゃないから、全然大丈夫よ」
「動くための方便でなく」
「うん、ほんと」
「･･･分かりました」

床に指先を触れる。オンドルも利いている。
時節柄、居間には火櫃も焚いている。
恐らく寒いことはなかろう。

「では確りと着込んで下さい」
そう言うとこの方は、枕元に畳んでいた部屋着を羽織る。
羽織ったうえで、寝台から足を下ろしたのを見極め、俺が寝屋の扉を開けると

くしゅん

この方の嚏が聞こえて振り返る。
「イムジャ、今宵は」
「違う違う！今のは偶然よ、第一私の病は貧･･･血虚で、風邪じゃないから！」
「･･･判りました」

王様に下賜された宅に文句を言うなど、そのようなつもりは更々ないが。
やはり宅が広すぎるのではないか。
広いから十分暖まらず、俺のこの方が嚏などする破目になるのではないか。

いやしかし、狭ければこの方の好きな風呂が。
そして庭の薬園が、そして護りの兵の屯所が。

しかし狭ければ余計な事に煩わされず、他の者の手を煩わせる事もなく。
そもそも住まいなど雨露を凌げれば上々と思うようでは、やはり問題か。

あれこれと考えながら居間の卓の前。
座った目の前のこの方に、温め直した粥の椀を差し出す。
「マンボの作った粥です。冷めぬうちに」

そう伝えるがこの方の目は、卓の上の隅に置かれたままの重箱に釘づけだ。
「お粥はマンボ姐さん。じゃあ、あの重箱は？」
「畏れ多くも王妃媽媽より」
そう伝えると、この方はその眉根を寄せて。

「ほんと、今回は大失敗。こんなに皆に心配かけて」
「元気になれば、共にお礼に参りましょう。本当に失敗です。俺の所為で」
「うん。一緒に御詫び行脚ね」
「はい」

素直に言うとこの方はうんと頷いて、にこりと笑う。
「あの中、確かめた？」
「はい」
「何が入ってるか、ちょっとだけ見ていい？」
「粥と薬の後に、褒美で差し上げます。まずは粥を」
「見たら食べるからあ」

始まった。

「まずは粥を。薬湯が飲めぬでしょう」
「見るだけだから、ん？」
首を傾げて愛嬌を振りまこうと無駄だ。
俺はこの方の隣に席を移る。
「では見れば良い。ただし召し上がるのはこの粥と、薬湯が終わったらです。良いですね」
「うん」

嬉しそうに重箱を持ち上げ手元に寄せる姿を認めながら、俺は椀の中の粥を匙で掬う。

この方が重箱の蓋を開けている。俺は掬った粥を己の唇につけ、その温みを確かめる。

蓋を開けて、中身を見
「すごいねー、初めて見るお菓子が入ってる」
嬉しげにはしゃぐこの方に、
「恐らく王妃媽媽御自ら、水刺房に差配頂いたかと」
そう言いながら俺は粥の匙をこの方の口の前に出す。

目の前に出された匙に、反射的なのかこの方が口を開ける。
「美味しい。さすがマンボ姐さん」
「ええ。口は悪いが腕は良い」

そう言いながらもうひと匙掬う。
「ご自分で召し上がりますか。まだ重箱を見ますか」
そう言うと重箱を見ていた瞳が俺の方に振り返り、三日月の形に緩む。

ようやく落ち着いて喰う気になったか。
その手に匙を渡そうとしたところで、この方はそのまま口を、あ、の形に開けて言った。

「お粥、ください」

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