2014.11.04 ■都忘れ【長編】さらん

都忘れ｜ 13

「そう申したのか。大護軍が、まことに」

王妃媽媽のお部屋に戻りヨンの様子をお伝えすると、媽媽は大きく御目を開き、そのままお声をなくされた。
「今は何を言っても聞く耳を持ちませぬ。もう少し時間をやるしかないようです」
「信じられぬ。あの大護軍が」
「王妃媽媽」
媽媽は首を振り、横の椅子に表情をなくして座り込む医仙に向き直る。

「医仙。すぐに迂達赤兵舎に」
心配げな媽媽のお声に、医仙は力なく首を振る。
「あの人がチェ尚宮の叔母様にそう言ったなら、それは本心です。媽媽、あの人は嘘はつきません」
「医仙」
媽媽が医仙の様子に、声を僅かに高くする。
「媽媽」
医仙がふと視線を上げて、媽媽と目を合わせる。

「以前お伝えしたことがありました。
言葉にならないほど相手を想い、側にいても恋しい」
媽媽が震える医仙の声に頷く。
「愛、ですね」

医仙は幼子のように頷きながら、その眼からぽろぽろと涙を零す。

「でも、すれ違ってしまうこともあります。
相手を想うからこそ、終わるのかもしれません。
間違った方法だと気づかないままで」

あの人は、もう心を決めてしまった。
私に何も聞かずに、1人で決めてしまった。
あの時私がここに残ることを、そして戻ることを、自分1人だけで決めたように。

どこがいけなかったんだろう。
私たち、何処ですれ違ってしまったんだろう。
全ての事には起きる理由があるというけれど、こんなに悲しいことが起きた理由は何だろう。

回らない、重い頭で考える。
私があの人を避けた事。居留守を使った事。
典医寺で薬草の見立てを教わっている時に貧血を起こして、キム先生に倒れかかった事。
それをあの人に見られた事。

じゃあ、やめられる？
もう医術の勉強なんて全部やめて放り出して、あの人に好かれるために自分を変えられる？

変えられっこない。これしか知らない。
あの人を失う怖さを乗り越えるには。

あの人を護って、毎日無事を確かめて、何かあれば駆けつける事しか私には思いつかない。
その為に自分に力を付ける事しか出来ない。
そこに到達するまで集中する事しか出来ない。

ねえ、教えて。
どうしたらいいのか教えてよ。
あなたは私にどうしてほしいのか。
あなたはどうしたいのか、教えてほしい。

「医仙」
チェ尚宮の叔母様が、私に低い声を掛ける。
「あ奴は、死なぬと言いました。
その裏が私には分かる気が致します。
医仙を頼むと。手を触れず大切にしていて良かったと、そう言っておるのです。
あ奴は医仙のためを思って離れようとしております。
死なぬと言う以上、あ奴はまた影より医仙を護ろうとしております。
解せぬのはその理由。
医仙と言い交しようやく許嫁となった今、何故また影に戻ろうとするのか･･･」

媽媽がその言葉を引き継ぐ。
「チェ尚宮。今、大護軍に対し反勢力があるか。
大護軍の命だけは軍を分かたずどの兵も聞くと王様より伺っておるが。
己が離れることでその反勢力から、医仙を守ろうとしている可能性はないか」

チェ尚宮の叔母様は首を振る。
「畏れながら、そのような話は耳に入っておりませぬ。
それであればあ奴は決して医仙を手放しませぬ。
他に任せるくらいなら、相手と刺し違えても己の手で医仙を守りましょう。
恐らく、あ奴の心持ちの問題」

媽媽も叔母様の言葉に深く頷く。
「であれば、大護軍から聞くより他ないのか」

こんな時なのにそんなお2人の言葉を聞いて、私はまだ少しだけ笑える。
反勢力、とか、刺し違える、とかは物騒だけど、内容はまるで先の世界のガールズトークと同じ。

私が失恋して泣きながら電話をかけると、女友達がお酒を持って遊びに来た。
そしてイヤイヤ聞いてるんだってフリで、さり気なく愚痴を一晩中聞いたくれたあの時みたい。

「居留守を使ったんです」
媽媽がその言葉に、驚いたお顔で私を見た。
「何故ですか、そのような」
「医術に身が入らなかったんです」
「医仙」
媽媽が私を見て眉を顰めた。
「ようやく、会えたのではないのですか」
本当にそう。媽媽のおっしゃる通り。
私は頷いた。

「その後、貧血を起こしたんです」
私は正直に言った。
「それを同僚のキム先生が抱き留めたのを、あの人に、見られました」
「医仙、それを大護軍にお伝えしましたか」
媽媽の問いに、私は首を振った。
「言ってません。昨日から話してません」
「今から大護軍を呼びます」

媽媽が珍しく、きっとした眼差しを私に向ける。
「チェ尚宮」
「は」
叔母様が部屋を出ようとする後ろから、
「叔母様、媽媽」
そう声を掛ける。
振り向く叔母様に、私は静かに首を振る。
チュンソク隊長にも言われた。
本当にその通りだと思った。だから

「媽媽であっても、叔母様であっても、誰かを間に挟んだら駄目です。自分で話します。
お二人がこんなに心配してくれた事、絶対忘れません。だからまだ笑えます。笑えるから、大丈夫です」

私の手に、チェ尚宮の叔母様の手が重なる。
一度溢れれば止められそうにないから、涙を堪えたままで私はどうにか、口元を笑顔の形に上げてみた。

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46 件のコメント

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これはもうさらん様の中で過ぎているお話で、、大丈夫なはずなんだから安心していいのでしょうが、
やはり、祈るような気持ちで読んでしまいます。
あぁ…ドラマの時のようにもどかしいです～(＞人＜;)
(でも狙い通りですよね⁈ （笑） )

46 件のコメント

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