「叔母上は、何か知っているか」
王妃媽媽のお部屋の前で低く叔母上に問うと、叔母上は無表情のまま俺を見遣る。
「何を」
「俺達に居所を渡すなと、王様が御触れを出したらしいな」
ああと可笑しそうに頷き、叔母上が息を吐いた。
脇のこの方は俺たち二人を交互に見やり、さすがに口を挟めぬ様子だ。
「確かに」
「どういう事だ」
「さて、どういう事か」
そう言って笑みを深くすると
「己で聞くが良い」
呟きと共に王妃媽媽の御部屋の扉に向かうと
「媽媽、大護軍と医仙が参りました」
そう僅かに声を張る。
「入って頂きなさい」
奥より王妃媽媽の密やかなお声が戻る。
その声に応え叔母上チェ尚宮が扉を開ける。
王妃媽媽の御部屋の中、大きな卓前に座っているのはお部屋の主でいらっしゃる王妃媽媽。
そしてやはり王様、その方だった。
頭を下げる俺達に
「やはり来たか、大護軍。休めと申し付けたが」
「・・・王様。今回ばかりは某も」
「まあ、まずは座るが良い」
「王様」
俺の強い視線に対して一歩も退くことなく、王様は俺を見返して大きく溜息を吐かれる。
「のう、王妃」
王妃媽媽がそのお声に王様へと僅かに向き直られ微笑む。
「はい。王様」
「大護軍は何故、判らぬのかのう」
「仰せのとおりです。王様」
王妃媽媽はおっしゃいながら、並ぶ俺とこの方を見遣る。
「恐れながら、此度の王様の御申し出を分不相応と思われているのでは」
「ああ、昨日もそのような事を申しておったのぅ」
王様は俺から目を離し、今や完全に王妃媽媽に向き直られた。
「あの大護軍は己の奪還した故領地で税収がどれだけ入っておるのかなど、全く預かり知らぬのだろうな」
「そこでの穀物の出来高も、おそらくご存じありませぬ」
「さもありなん」
・・・何だ、これは。
「双城総管府を取り返せとの寡人の命は受けても、それを成した後に、今まで元に流れていた税がどれだけ還元されておるか考えもせぬのだろうな」
「おっしゃる通りです、王様」
「己が排除した徳成府院君や奸臣がどれほど民の血税で私腹を肥やしていたかは知っておっても、それが今や全て内需に戻っておるのは計算の外であろうな」
「御自身は鉄瓶一つ持たぬ方ゆえ、ご興味もないでしょう」
媽媽が王様の御声に、密やかに笑う。
「倭寇が南を襲わなくなったおかげで、民がどれほど安堵して漁に精を出しているかもな」
「民がどれほどご自身に感謝をしているかも、全くご存じないでしょう」
「全て寡人の為、国の為、民の為、兵の為。
そして何より医仙が安全に戻れるよう、お待ちするためだけに動いておったからのう。
自身が成した手柄などどうでも良いのだ。考えてもおらぬ」
横のこの方がそれを聞き、物言いたげにこの顔を見上げる。
俺は目前の御二人の話に呆然とする。
ここで言い負かされる訳にはいかぬ。
「王様。そんなゆとりがあるならば」
圧し負けぬよう口を挟むと
「ああ、王妃。そんなゆとりがあるならば、民の為、国の為、寡人の為に使えと言うな、あの大護軍は」
「はい」
「畏れながら、では、兵の為にお使いください。
此度の長い戦で、一家の稼ぎ頭を失った兵の家族の為。
深手を負って、役目を辞した兵の為に」
俺はそう重ね、王様にお伝えする。
「だそうだ、王妃」
「さようでございますね、王様」
「戻した領地の一部が兵や家族の恩給の為に渡されたのも、 あの様子では知らぬな」
「ご存知ないでしょう。開京を離れ一年余り、昨日まで全くお戻りがございませぬ故」
「寡人の決定は、大護軍の耳には届かなかったようだ。戦ばかりをさせた寡人にも責はある」
「奪還後の領地の処遇には、ご興味がないのでしょうか」
「そもそも自身が陣頭指揮を取って来たおかげで、過去のどの戦より戦死者が少なかったなど、大護軍は考えぬのだ。
百人救おうと一人亡くせば、その度に心を痛めておろう」
「おっしゃる通りです、王様。けれど」
そこで王妃媽媽は、明らかにちらりとこの方をご覧になった。
その視線に気付きこの方が目を丸くする。
「医仙とて同じことで御座います」
「ほう」
「昨日もそうです。妹である妾がどれほどお願いしても、一向に首を縦に御振りにならず」
「そうであったか」
「一家臣には分不相応とそればかり」
「一、家臣とおっしゃられたか」
「はい」
「ずいぶんと大きな一家臣もおったものよ」
「まさしく。そうお伝えいたしましたが、ただお言葉を失くしていらっしゃるだけで」
「しかし王妃、どう思われる」
「はい」
「以前初めてこちらにいらした時、大きな風呂をご所望になったあの医仙のご満足のいく宅が、城下にあるかのう」
「民の風呂好きが元まで知られる高麗とて、普通の宅でご満足頂くのは少々難しいやも知れませぬ、王様」
・・・ずいぶん痛い処を突いて来られる。
御二人の空々しい芝居を黙って最後まで拝見しようと、椅子の上で背を伸ばす。
さあ。お好きなだけおっしゃってください。
「医仙の事です。お庭を薬園のようにされたいかと。さすれば日当たりも考えねばなりませぬ」
「そうだな」
「風呂の事を考えれば水道の周囲は深く掘り、砂利や瓦で、水捌けの良さも確保せねばなりませぬ」
「まさに」
「守りの兵が寝泊まりする 別棟の離れも必要でしょう」
「ああ。あの大護軍が医仙のいらっしゃる母屋で、兵を共に寝泊まりさせたくば別だがな」
俺はその言葉に、ぐっと喉を鳴らして耐える。
「そのうえ大護軍や医仙のお立場を考えれば、皇宮までの移動に無駄な時間は裂けませぬ」
「王妃の言う通りだ」
「大護軍がお留守の間は医仙の安全をお守りするため、蔓垣だけの簡単に破れるようなご自宅では、誰より心配になるのは大護軍ご自身でしょうね」
「それ全てを満たす居所か。さすがの大護軍とて見つけるまでには、さて、どれ程時間が掛かるかのう」
王様はおっしゃると、ゆうるりと腕を組まれた。
俺だけなら構わない。
雨露さえ凌げれば何処であれ構わぬのだ。
豪奢に暮らしたければ武人の道など選ばん。
しかしこの方の事を言われれば手も足も出ない。
ましてお二人のおっしゃった事は俺も叶えたいと思っている事だから、尚更に堪える。
「・・・・・・ました」
王様が僅かに声を発した俺の顔に、目を戻される。
「畏れ多くも御二人のご厚情、拝聴致しました」
そう言って俺は頭を下げた。
そして顔を上げると、最後に王様の御目を見つめる。
「ただし王様。一つだけお約束を」
「申せ」
王様が頷かれる。
「もしもこの後国庫に困難あらば、 民に飢饉や疫病あらば、王様に資金の入用あらば、 真先に宅の御召し上げを」
「分かった」
王様は頷かれた。
「そして大護軍。それらが万一にも起きぬように、医仙と共に、この国と民を護ってくれるか」
「宅を賜ろうと賜るまいと、必ず」
俺は王様の御目を見て頷いた。
半強制。
役者な王様王妃媽媽でした。
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王様と王妃様すごい!!
絶妙なコンビだわ~(((^_^;)。
お二人の方が一枚上手ね。
王様と王妃様の軽快な会話がめちゃくちゃおもしろかったです。さすがのヨンもぐうの音もでませんでした。ツボを心得た二人の会話が最高でした。