迷迭香 | 16

 

 

この方の寝息が安定したのを確かめて、音をたてぬよう部屋の外に出れば案の定。
ヒドが扉の脇の庭石に腰掛けている。

「もう良いのか」
尋ねるヒドに頷く。
「此処よりは離れん。何か話があるだろう」
「単なる好奇心だがな」
ヒドは軽く笑い、すぐ真顔に戻った。

「いつから撃てるようになっておった」
「知らん。今日、初めて撃った」
「いくら雷功遣いだとて、今まで雷を落とせたのは俺の知る限り、隊長のみだ」
「俺も隊長以外で、落とせる者を見たことはない」
「では己で気を練り、撃ち方も知らずに落としたということか」
「ああ」
俺は静かに頷いた。

「あの方を守るには、ちと敵が多かった。かといってなるべく殺したくはない。
お前にまた甘いと言われようとな。とすれば馬を射るしかなかろう。
一度に射るのに、ヒドならどうする」

ヒドは静かな声で語られるその途方もない話に、呆然と聞き入っていた。
こ奴、天才か、鬼か。その何れかだ。

敵陣に突入し、敵をヨンに近づけぬ事にだけ気を取られた。
周囲を囲まれ風功を打ち過ぎたのに気付いた時は、丹田の気は底を尽きかけていた。
見れば周囲でも、兵たちが苦戦している。
シウルの矢筒にも残り矢は少なく、チホの槍は敵の血脂で斬れ味が落ちている。

どの兵の顔にも焦りの色が濃い。それでも誰もヨンには助けは求めん。

終いか。

ヨンが女人を連れているのだけは何よりだ。
あれは彼女さえおれば、いずれ俺達の仇を取ってくれよう。

俺がそう思い、最後の風功を放とうとした刹那。

ヨンが女人を抱いたまま鬼剣を手に、敵を打ち据えながら真正面から陣を突破して来た。

俺達に退却しろと言いながら、お前は何をするつもりだ。
俺はそのまま走り抜けるヨンの馬を目で追う。

気でも違えたか。
内攻遣いとはいえ、下手に斬られれば死ぬのだぞ。

敵方がヨンを追って一斉に動き出す。
俺はその後を追おうと馬を戻す。

その行く手を、あの小僧の馬が遮る。
「退け!」
「退却だ!」
「煩い!」
「大護軍が退却と言ったらさっさと退け!!邪魔するな!!」

目の前に突き出されたその必死の形相に俺は追うのを諦め、全速でヨンから離れる。

それでも
「ヨンア!」
思わず叫びが漏れる。

ヨンを敵陣の向こうに残し、指示どおり全速で退却したその直後

明るい空より、真白い光が墜ちた。

一拍遅れ耳を劈く轟音と、地面を突き上げる衝撃波が来る。

雷功。

俺は瞬間的に周囲に巡らせていた気を解いた。

一瞬、隊長が落としたのかと錯覚した。
ヨンを護るために。

ヨンと敵の間の地は、真黒に焦げていた。あれに近かった者たちは無事では済むまい。
敵は悉く地に投げ出され、馬もすべて斃れたまま、数頭だけが足で空を掻いている。

身内の兵とて、外功程度では防げるものではない。
皆それぞれ焦げ煤けて、暴れる馬にどうにか跨りながら何が起きたかと辺りを見回す。

次の瞬間俺達は首を回し、同じ方向を見た。

焼け爛れた黒い大地の向こう、立ち上る煙の中。
そこに高麗大護軍がいた。

馬上で胸に女人を抱き、剣腕には未だ蒼白く光る鬼剣を下げ。

「何してる、捕えろ!死なすな!」
こちらへ馬を戻すヨンに怒鳴られ、初めて弾かれたように迂達赤が動き出す。
しかしようやく生き残った敵の兵は仕込み毒を噛み、次々自害した。

極力死なすまいと思ったが。
結局のところ、こうなるか。

あの場で奴は悔しそうに言ったが、それどころではない。
お前の雷功の話が伝われば、暫くの間は敵も攻め込む気になれなかろう。

ヨンア。お前はあの女人のために、一体何処まで行く気なのだ。

「・・・ヒド」
ヨンが静かに俺に声をかけた。
我に返り、ヨンに視線を戻す。
「感謝する」
「・・・藪から棒に」

黒く澄んだ目で、俺を正面よりしかと見つめる。
あの頃より真に変わらんのはこ奴のこういう所だ。

長い付き合いだろうが。みなまで言う事はない。

俺は頷くと、庭石から腰を上げた。

 

 

 

 

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30 件のコメント

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    なるほどそうゆうことなのね(ノ´▽`)ノ
    ウンス絡みのヨンはすごいっす。
    そんなヨンを描くさらんさんはもっとすごいっす。
    惚れてまうやろぉ~❤

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    う~ん・・・・・・---
    しぶい!・・しぶすぎるーーー!!!
    想像してみるに・・馬上で一人の女を胸に抱き
    奇跡かと思う程のことをなし・・煙の中から姿を
    現す・・ヨン・・
    奇跡といえば・・時空を超えて出会えたこと
    そのものにまさる奇跡はありますまいなーー
    この、馬に一人でなく、女人を抱き・・そこの表現が、とても素敵で、印象に残りますー!!!

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    カッコイイ~惚れてまう野郎的な♥
    いいですね~こう言うの大好きです♪
    シンイが好きな理由の中に実はアクションもあったりして♥剣くるくるとか壁を蹴ってジャンプとか!嬉しいですまた覗きにきまぁ~す(^∇^)

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    うまく書けませんが、雷功により剣を帯電させより強い避雷針と化し雷を呼び寄せたという解釈で合っていますでしょうか
    ヒドが呆れるほどヨンはウンスを護る為には鬼神になる
    でも、ただの鬼にならずに済むのはウンスのおかげだと思います
    不可欠!ですよね

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    焦げ臭い・・・
    雷神・・・
    初めて・・・
    私の中でチョイ??だったキーワードの全てが繋がりました。
    あ~すっきりした(*^_^*)

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    >あららさん
    こんばんは♡
    つながりましたか!良かった良かったー
    スッキリして頂けてうれしいです。
    明日【迷迭香】篇が終わって、その後は蛍袋です(〃∇〃)
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

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    >あみいさん
    こんばんは♡
    うおぅ、素晴らしい解釈ありがとうございます。
    私の中では、切れたヨンが撃っちゃいました、
    くらいにしか考えておらず・・・
    書き手なのに!
    でも、はい。不可欠です。
    だけど、可哀想なのは、私に書かれると
    毎篇一回はドはまりの窮地に陥ることです。
    明日でこの【迷迭香】篇ともお別れかと思うと
    しみじみしますー
    少年漫画おわたー

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    >ののさん
    こんばんは♡
    わかります!
    剣クルクル、ひゅんですよね。
    私はあれを見て、自信満々に「室伏」と言ったら
    職場のお姉さまに「それハンマー」と言われ(゚Ω゚;)
    本気で槍投げと勘違いしてました。室伏。おかしい。
    今回もやりたかったのですが、ウンスオンニにぶっ刺さると危険なため自粛。
    いつか出したいですねー
    また来てくださいね♪

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    ヨンは、怪我をした訳ではなく、最後の段階まで雷功を操れるようになったって事かしら(^O^)
    それも、ウンスと気を通わせたからでしょうか?
    そうであるなら、二人が揃っていれば最強のコンビと言うことになりますね。
    そして、またまた心強い見方が加わってくれました。
    この先どんな事が待っていても、安心して読み進められそうですv(^-^)v
    多分。。。。f^_^;

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    >カンス百合子さん
    こんばんは♡
    そうなんです。ヨン一人なら、おぅ!で終わるのが
    ウンスオンニを抱き締めてるとあら不思議、
    おおぅ!!男前度200%UPです。
    書いてて、あの場面は惚れました。
    やべーかっけーヨン!!とw
    明日はいよいよ【迷迭香】篇最終なので、
    また覗いてみて下さい♪

  • SECRET: 0
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    >ぽんたさん
    こんばんは♡
    ヨンの暴れん坊ぶりには懲りました。
    この冷静バージョンになる前には
    ねえ馬鹿なの?というほど暴れ回るバージョンもあり。
    あ、今とても素敵な言葉が聞こえました。
    惚れて頂けますか~❤
    嬉しいです(///∇//)❤❤

  • SECRET: 0
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    >イタkiss大好きさま
    こんばんは♡
    するはずですよねー。
    逃がせばいいのか、ヨン?それだけ?
    そうです!【迷迭香】が明日終わり、
    明後日から蛍袋なのです!!
    覚えててくださって嬉しいです。
    逆算して、絶対に終わらせなければ!と
    ばんばんUPしてまいりましたが。
    明日は頻繁な後進になると思いますが
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

  • SECRET: 0
    PASS:
    >mayuさん
    こんばんは♡
    おっしゃる通り、ヨンはうちの信義のなかでは
    雷功を極めてしまいました。
    かといって、この先バンバン撃ったりはしないと思いますがw
    焦げ臭かったのは、雷功を打った後、
    煙にスモークされたから、というオチですw
    じゃあウンスオンニもくさいはずなんですが
    そこは、お話なので。
    焦げ臭いウンスオンニって、なんか嫌だし(爆

  • SECRET: 0
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    前回コメで戦闘シーンはさらっと…と言う事でしたが、イヤイヤ充分満足致しました、ありがとうございました(*^ー^)ノ♪
    もぉ~敵は現れませんよね?

  • SECRET: 0
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    >えみりんさん
    こんばんは♡コメありがとうございます。
    満足していただけてうれしいです。
    最初がっつりバージョンで書いていたのでw
    もう敵は、現れません。
    最後にラブラブが来て、終わりですー❤
    しかし明日からの蛍袋に心が飛んでいる私。
    宜しければまた覗いてみて下さい♪

  • SECRET: 0
    PASS:
    なんか凄い事になって来ましたね‼︎
    ヨンはウンスのためなら、どこまでも、
    底無しに強くなれるんですね。
    映像で見て見たいなぁ。
    CGをふんだんに使って…(≧∇≦)
    みんな焦げ臭かった訳に納得です。
    早く続きが読みたい。

  • SECRET: 0
    PASS:
    毎日の更新楽しみにしてます。^^
    迷送香。
    ラブラブ度が少ないと仰ってましたが、全然そんな事ないです。
    ヨンのウンスに対する愛がとっても感じられました!
    さらんさんの表現が素晴らしいです。
    私も少年漫画系は大好きです。戦いの中での愛もとってもステキです。(o^^o)♪
    ウンスがヨンの意識の中に入った事も気になります。
    続きが楽しみです。^^

  • SECRET: 0
    PASS:
    いやー、ここ何話かの臨場感溢れるお話しにハラハラドキドキでしたΣ(゚д゚lll)
    ヒドが、ヨンとウンスを守る為にいつの間にか使い果たした気。
    それでも後悔は無く最後までヨンを思ってる姿が、脳内変換でチョ•インソン氏でカッコ良く浮かんでました\(//∇//)\ 素敵♥︎
    テマンもヨンの言葉には迷いもなく、凄い信頼なんだなぁ~と。
    毎日こんな濃厚なお話しを2回もUPしてくれて、本当にありがとうございます!
    又楽しみに待ってます(≧∇≦)

  • SECRET: 0
    PASS:
    待ち切れなくて×2、16読んだ後再度1から分章と共に頭に映像を浮かばせて読み直しました。雷光いなびくシーンは、バックトゥザフューチャー(←古い)な感じで妄想致しました。あぁ至福のひと時~♥
    ヨンやりますねぇ。アタクシ的にはヒド推しです
    もう終わるんですねぇ…淋しいですが、次も絶対読み耽りますよぉ( ´艸`)

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヨンと「ヨンがヨンである為」に、唯一無二の存在であるウンスを守る為に、自分の命を投げ出す事もいとわないヒド様
    男の中の男です!
    今回のエビは静かな男の友情が胸にじ~んときました。

  • SECRET: 0
    PASS:
    昨日の朝、何の前触れもなく白っぽい薄雲りの空から一発の雷鳴が~~~!!
    まさに、ヨンの雷攻を体感したようでした(°д°)
    ヨンらしい、正面突破!!なかなか戦いの場面を書ける方はそうそう、居られません!
    堪能しました(´∀`*)
    迷迭香 終わっちゃうのか~(><)
    またじっくり読み返したいです♡

  • SECRET: 0
    PASS:
    >みかんさん
    コメありがとうございます❤
    まじすか!
    最近、動画付きでお読みいただける方が多く、
    私こそめっちゃ嬉しいですヾ(@°▽°@)ノヒャホイ!
    ヨンの帰京前の最後のお姿を
    宜しければ今晩どーんとお読みくださいねー

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ゆりりんさん
    コメありがとうございます❤
    マジですか!リアル雷功!!
    うちのヨンより、ゆりりん様へ、愛の雷功と
    お納めいただければ重畳。
    (冗談じゃねえよ、ですね。ご無事でしたか?)
    ええ、もう。ヨンと言えば、正面突破です。
    格闘系は、女子の皆様には受け入れ難いかと
    結構控えましたが、これOKみたいですね。
    次は迂達赤で、ガキっっとかバシっっとかの
    お話書こうと思います。
    先ずは今宵の最終話を、お楽しみ頂ければ幸いです。
    宜しければ、今宵また❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >まあもさん
    コメありがとうございます❤
    ヒドはもう、すっかり市民権得てます。私の中では。
    またテマンとがちんこではありましたがw
    現在のところ、あともう一人、オリジナルが
    出てくる予定があります。
    【雪割草】にて公開予定です。
    これとヒドの対比が、今から楽しみな私。
    ワク p(^-^)q ワク
    まずは、最終話、今宵UP予定です。
    宜しければ、今宵また❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >üKöさん
    コメありがとうございます❤
    おおっっここにもヒド推しさまが!
    結構ナップンナムジャ(悪い男)ですが
    顔とスタイルは、お墨付きです。
    いかがでしょうか。
    次も読んで頂けるとは、嬉しいです。
    次のお話は、個人的に
    超!書きたかったお話なので。
    まずは最終話、今夜UP致します。
    宜しければ、今宵また❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >☆石chan☆さん
    コメありがとうございます❤
    チョ・インソン氏、やばいですね。
    かっこよすぎです。
    ここで勝手に指名してより、卑劣の街、見てしまいました。
    あのボロボロ加減と、ヒドが被ってしまいます。
    ああいう死なせ方は致しませんが・・・
    テマンはもう、ヨン命なので、
    あの時「お前より俺の方が追いかけたい!」と
    言わせようか、悩みました。
    でもテマンは言わない。なぜならヨンが退けと
    そう言ったから。
    無駄口叩くくらいなら、退く子です。
    やればできる子。えらいえらい。
    こちらこそ、こんなテンポのUPにお付き合いいただき
    本当に感謝するばかりです。ありがとうございます。
    今宵の最終話も、宜しければぜひ❤

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    >すずらんさん
    コメありがとうございます❤
    良かったー!
    ラブラブだけでは、私の信義は成立しないため
    どうしても戦闘シーンやら、奸計シーンやら
    頭脳合戦やら、訓練シーンやら
    いろいろ出てきます(これからも)
    受け入れて楽しんで頂ければ、何より嬉しいです。
    でも、今宵の最終話は、穴埋めするべく
    なるべく甘く。そして静かに。
    雷功なにそれ系でw
    だって、ウンスは相変わらず知りませんから。
    ヨンの雷功最終ステージな事。
    ヒドの風功も知りません。
    ヨンが言ってます。「不幸中の幸い」と。
    見ていないんですね。
    これが、今後またキーワードに(こればっかり)
    では、宜しければ今宵また❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >夢夢さん
    コメありがとうございます❤
    いいですねー!
    自分の話を、ではなく、信義IIを観たいです!!
    大人の事情で難しいのかなー
    でもミノ氏以外なら、作らない方が一億倍マシですが。
    焦げ臭さにご納得いただけましたか~!
    良かった良かった。
    今宵、最終話です。宜しければまた❤

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