迷迭香 ｜ 10

「今、飲んで」
「後ほど」
「今、飲むの！薬にはね、薬効ってものがあるのよ？
医者が判断したここ一番って時に、きちんと飲んで」

皆から離れ、二人で叢に分け入れば。

進む野の中の道なき道。
鎧に触れる尾花は穂を散らす。
黄金色の秋の日差しの中、散った穂は粉雪のように舞い踊る。

周囲の優しい秋草が、煩い視線を遮ってくれる。

出来ればこの方を一生こうして隠してしまいたいが、そうはいくまい。
俺は目前で腰に手を当て、此方を睨むこの方を見下ろして困惑した。

この方が帰ってきて以来胸に痞えたままの、あの言葉が大きく膨らむ。
無意識に呼吸を整え、肚裡の邪気を逃がす。

「苦しいの？」
息を整えた俺に気付いたこの方が、俺の頸と手首の血脈に細い指を当てる。
「ちょっと早いわね。熱はないけど、頬も熱い」
頸を見た手をそのまま頬に当てて言うと
「熱がこもってるのかな。やっぱり、今のうちに薬湯を飲んでおいて。
補身湯程度だけど、あなたには効くはず」
と身を翻し駆けて行こうとする。

それを背後から素早く掴まえ、腕の中に閉じ込める。
「･･･て、隊長？」
あまりにきつく抱いてしまったが、その手を緩められぬ己に困惑する。

腕の中でこの方が自由になる首から上で振り向く。
俺の眸を見た後 体の力を抜き、背中からこの胸にその身を預けた。

「暫し、このまま」
今にも触れあえそうな距離の唇で、俺は告げた。

腕の中のこの方が横顔で微笑んで頷く。

それだけで、今は良い。

*******

「ヨンの旦那、ありゃあ、恋の病だな」
チホが二人の小さくなる背中を見送った後、槍を頭上に両手で構え、回しながら言う。
「今に始まった事じゃねえよ、五年前から病だよ」
シウルが矢筒の残りの弓を数えながら返す。

兵たちが周囲からその話に恐る恐る加わる。
「我らが高麗の守護神、天下の大護軍が、恋の病だと」
「しかしあの姿、あの方を攫うご様子」
「男の恰好までさせて、敵を欺かんと」
「･･･しかし、お綺麗な方だったな･･･」

最後に上がった一言に、兵たちは思い思いに頷く。

そこに、冷水を浴びせるようなヒドの一言が響く。
「懸想したら、殺されるぞ」

兵たちははっと我に返り、恐々ヨンたちが消えた叢を見やった。

やれやれ、ヨンも御苦労だな。

ヒドは思わず知らずに、溜息を吐いた。

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