【 巴巽村 】
「あああぁぁぁ、やだ!」
その声に驚いて、俺は居間より寝室へと走った。
「イムジャ」
扉を開くと寝室の床、あの方が常に懐に入れて持っていた天界の医術道具を手に、ぺたりと座り込んでいる。
「どうしました」
「縫合針、置いて来たかも知れない」
「縫合針」
この方は床より俺を見上げ、こくこくと頷く。
「傷を縫う、あの針ですか」
「そう。消毒してここに入れたはずなのに」
そう言って、小さな袋を俺に掲げて見せる。
「入ってないの、典医寺に置きっぱなしかも。どうしよう」
大切なものであるのは、俺にも分かる。
「今持っていないと困りますか」
「うーん・・・いざって時には。でもなあ」
「何ですか」
「この際出来れば、やっぱりもう少し欲しいな。サイ・・・大きさとかあと曲りとかね、いろいろ、傷の場所によって違うから。
前から欲しいなとは思ってたの。ただ、買う場所がね・・・」
場所。そう言えば針など何処に売っておるのか、考えたこともなかったが。
「では」
俺はそう言この方の脇に手を差し入れ、床から立ち上がらせた。
そしてその目を見て少し笑うと考える。
そんなに大騒ぎをするほど必要なものならば。
しばらくは王様にも大きな会議や面会の予定はない。
戦も火急を争うような事態ではない。
元も倭寇も今はおとなしい。
「まずは、お着替えください」
「どこに行くの?」
立ち上がらせたこの方が不思議そうに俺を見遣る。
「針を入手しに」
******
「で、何で典医寺なの?取りに来てくれたのは嬉しいけど」
典医寺の門より診療棟へ向かいながら、その目が不思議そうに俺を見上げる。
青く茂る薬木。薬草の干された日向の縁台の間の道を行く。
医官や薬員たちが、すれ違う俺達へとにこやかに頭を下げ通り過ぎる。
「キム侍医」
診察室へ入り声を掛けると、奥の文机前に腰かけていた侍医が顔を上げ、にこやかに此方へ向かってくる。
「大護軍、ウンス殿。どうなさいました」
「縫合針を忘れたから取りに来た、んだと思うの」
そのあやふやな物言いに、侍医が首を傾げる。
「来たの、だと思うの、ですか」
この方もさすがに返答に困り、俺を見上げる。
俺は目を合わせて笑うと侍医に顔を向け
「侍医。この方が四、五日ほど留守にしても、典医寺には問題ないか」
そう訊ねてみる。
「大きなことが起きぬ限りは、おそらく」
侍医が曖昧にそう答える。
「王様と王妃媽媽のご様子は」
「私と医官で問題なくお世話ができます」
それを聞いて頷く。
「ではそうさせてくれ」
それを聞いてこの方が首を振る。
「待って待って、何言ってるの?何の事?」
そう言って慌てるこの方の背中をそっと押し
「針を探して来て下さい」
俺が言うとこの方は此方を振り返りながら、自分の部屋へと駆けて行く。
「で、キム侍医」
「はい」
「侍医は傷を縫う針を、どこで手に入れる」
「私の場合は・・・天竺で鍛冶屋に注文しました」
「天竺の鍛冶屋か」
侍医は頷いたが、難しげに
「但し、普通の刀鍛冶では駄目でしょう。
人の肌に当てるもの、肉を通すものですから、非常に細くなければいけない。
かといって細すぎても縫合中に折れて、身肉に残れば大事です。
材質も特殊です。銀や銅、青銅ですから、普通の刀鍛冶の扱う鉄とはまた違います」
成程な。
聞けば聞くほど、そんな鍛冶屋は一件しか思い当たらぬ。
あの方の部屋から
「あったー!良かったぁぁ!!」
という大きな声が聞こえ、心を決める。
それほど嬉しいなら一緒に連れて行って差しあげたい。
「留守の間は頼んだ」
針を確りと懐の小袋に納めたこの方を見てから、俺達は典医寺を出た。
先を歩く俺に後からちょこちょこと従うこの方が行く道から察したように
「ねえ、何で康安殿なの?」
そう言って俺の上着の袖口の後ろを引く。
その小さな手を後ろ手に握ると、
「心配なさらず、黙って俺についてくれば良いのです」
そうお伝えし、肩から後ろのこの方へ視線を流す。
この方はいつになく強引な俺に少し驚いたように瞳を開き、そして笑って頷いた。
「分かった」
俺は視線を前に戻し、僅かに足を速める。
「王様、大護軍チェ・ヨン参りました」
「入りなさい」
扉前のこの声に、意外なほどに早くお許しが出る。
控えの内官がそれを開く。
「王様」
この方を連れ二人で室内へ入る。
王様が僅かに微笑まれ、執務机の前から立ち上がられた。
「医仙もご一緒とは。どうしたことだ、大護軍」
「王様に折り入ってお願いが」
「願い、珍しい。申してみよ」
「医仙と某に、五日ほど暇を頂けぬかと」
さすがに唐突な申し出に王様は少し驚かれたようだが、それでも
「それは全く構わぬが」
と言って下さる。
「ありがとうございます」
「大護軍。まさか医仙と二人で逃げまいな。信じて良いな」
王様が以前俺に尋ねたご下問を、今また冗談交じりに御口にされる。
「王様、それは」
「少々悪ふざけが過ぎた、許せ」
笑まれた後、王様がお顔を引き締める。
「しかしこのように突然、どうした」
「実は、医仙に医術道具を手配したく」
「ほう」
「この後いつまた大きな戦になるやも知れませぬ。
そうなれば入手は難しくなるやもしれず。平時の間に手配を」
「それは、そなたの言う通りだな」
王様は頷き、俺達をもう一度ご覧になった。
「お気をつけて、医仙。
大護軍、道中確りと医仙をお護りするよう」
頂いたそのお言葉に俺は頭を下げる。
いつになく静かなままのあなたに眸を当てると、瞠ったままの瞳、その唇が形だけで囁く。
ほ ん と に?
それに小さく頷くとその白い頬に、ぱ、と紅みが差し、瞳が三日月の形に緩む。
それが見られただけで満足だ。
参りましょう、針を入手しに。
俺の知る限り高麗最高の腕を持つ鍛冶屋のいる彼の地、巴巽村まで。

お気づきでしょうか?
王様の逃げたあの村の名前は「玄高村」
太王四神記の、あの玄高の隠里から取っているようです。
(ロケ地も同じ場所でした)
ならば高麗最高の鍛冶屋がいる村は
「巴巽村」しかない!と。
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ガッツリ新シリーズみたいになっていて、読む方は嬉しい限りです♥
腕のいい鍛冶や、すんなり作ってくれるのかな?
楽しみに待ってます♪
又覗きに来ます(●´ω`●)
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夫婦で小旅行ww~イイですね(o^^o)
気をつけて、行ってらっしゃーい
その鍛冶屋の村にはあの人にそっくりの親方がいたりして?(>_<)
『太王四神記』もちろん観てましたよ~(笑)
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さらん様、こんばんは❤︎
ヨンは、ウンスの為ならどれだけ優しくなれるのでしょうか?
呆れるくらい、ウンスの事しか見ていないのですね\(//∇//)\
さらん様、そして随所に私のストライクなシーンが、てんこ盛りです。
後ろ手に、手を握られたり…ヨンが小さくうなずいたり…
チョナ達が、避難していた村の響きが、私も気になっていました。
なんか嬉しいですね❤︎
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『太王四神記』を観ていないからタイトルの村名を見てもわからなかった、残念!
もう夫婦になった後かしら。五日間ってある意味ハネムーンみたいな?続きありますか?でもタイトルに「1」とかないですね。気になる~。
辛いお話の後に一服処を出していただきありがとうございます。お忙しいと思いますので無理をなさらないでくださいね。
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珍道中、始まりの予感(#^^#)
この二人が旅に出てただ鍛冶屋に行って帰ってくるとは思えません(笑)
ドキドキ指数上がってきました(笑)
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これはこれは超嬉しいサプライズ!キャストが被ってたから、どちらも見ていたファンには堪りません。チェ尚宮そっくりな鍛冶屋。ウンスが驚くでしょうね。悪戯っぽい笑いをするヨンの顔までもう目に浮かんでしまいます。ヨンとウンスは、他の方々にも会えるのでしょうか?会って似てると思う方と、絶対気が付かないだろうファスインちゃん。楽しすぎるでしょ。
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ウンスの医療道具を、何とか作ってあげたいのですね。
そして、作って帰るまで二人きり(*v.v)。
楽しい旅になると良いのですが・・・
巴巽村の鍛冶職人、腕の良いパソンさんはチェ尚宮としてお忙しそうですが、何方になさいます?
そして今は平時。
先の戦は考えたくはありませんが、備えるべきは備え、2人は甘い日々を過せるのでしょうか?
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>ののさん
おはようございます❤コメありがとうございます。
一服の、はずでしたw
それと同時公開で、新章をと思っていました。
まさか全公開のボタンを押すとは・・・
完全に惚けていました。ダメダメです。
なので、今回はもう、全公開で。
終わったら新章に参ります(;^_^A
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>つなかんさん
おはようございます❤コメありがとうございます。
一服でこっそり旅行のはずが、全公開で
大旅行に∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
時差ボケと若干の疲れで、何かカオスですw
ああ、完全にキャパオーバーでした。
反省です・・・・°・(ノД`)・°・
こうなったら、太王四神記交ぜの楽しさでw
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>夢夢さん
おはようございます❤コメありがとうございます。
もうこうなったら、甘いヨン&ウンスオンニの
おバカ珍道中ですw
本当は一服処と新章の二本立て、と思いましたが。
それをしないと、さくっと当然の顔をしてる
キム侍医って、あんた誰よ!なんですが。
これ、新章の人だったのです・・・
うーわー大失敗です・・・
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>あみいさん
おはようございます❤コメありがとうございます。
続き、ございます。もう番号すれ振り忘れ。
どれだけ惚けているのか、私。
無理はするものではないと反省しつつ・・・
暫くは小旅行、お付き合いください。
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新しいお話発動ですね。ヨンとウンスの嬉し、楽し小旅行。いや、珍道中になり変わるのかも・・・。
楽しみです。
ヨンの楽しみは、ウンスの喜ぶ顔。まず、掴みはOKですね。
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一服処?ありがとうございます。
初めからほっこりさせて頂けるようなお話ですね(*^o^*)
「大王四神記」観ていないのですが、お話についていけますでしょうか?
ポチ画像のヨン、満面の笑みですね?
このところヨンの辛そうな顔しか思い浮かばなかったので、このような笑顔が見れてよかったです(≧∇≦)b
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韓流ブームに乗り遅れまして…
いままで、韓流ドラマの韓にも、興味がありませんでした。
それが、信義のヨン様に、えっ?という間もなくはまりまくりです。
DVDの最後では、ものたりなぁーい!
原作本もまだ2巻まで。うーーー
あなたをみつけました!
昨日から一気読みです。
二人の甘々お買い物とか、ぽくぽく旅とか大歓迎です。
続きのUPよろしくお願いしまっす。
f^_^;) アメンバーにもなりたいです。
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>★sachi★さん
こんばんは❤コメありがとうございます。
コメのお返事まで時間があいてごめんなさいです(ノ_-。)
今日が終われば、仕事は一息。
普通のカップルみたいに、ラブラブ旅行もさせてあげたく
しかし二人でただラブラブ、えーとも思いw
複雑で御座います。
ただし、練らぬが身上の一服処故、筆の向くまま。
気分次第という事でww
今幸せだから、うんと幸せもアリかもです❤
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>チェヨン1さん
こんばんは❤コメありがとうございます。
おお!そうだったのですね❤
ヨンペンと太王四神記が被るとは
なかなか思いづらかったので、
もう玄高だけで良いかな、とも思ったのですが。
まあ、ソンジンの例もあるので
「ん?」と思う程度のデジャヴですが(´∀`)
あら?と思うところはあるかもですねww
火手印姐さん・・・あれは、詐欺です(爆
チョロの方が、まだ面影ございますね。
チャン先生の、あの陰の感じに。
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>mayuさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
うふふー、もう、この頃のヨンは、いろいろと超えた後なので
すっかり吹っ切れ、若干俺様入っています。
この辺を書くのが、新章の【都忘れ】だったのですが
本来二本立てにするはずのこの第一話を、
私が、全公開にしたばかりに・・・
順序が、狂いました。やられた。完全ミスです。
嗚呼・・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
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>ままちゃんさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
今日の仕事が終われば、もう明日金曜日からは
週末天国なので、遊びまくる予定です。
ヒャハーо(ж>▽<)y ☆
余りの幸せさに、多分幸せな旅になるかと❤
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>わいやーさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
ああもう、全然問題ないです❤
ちらっと、分かる人には分かるだけの感じで
太王四神記の匂いがする、程度だとw
そもそも【信義】ですから、ご心配なくです❤
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>ポチッとなさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
おお、お探しいただきありがとうございます❤
我が家のヨン、気に入って頂ければ嬉しいです。
アメンバー様も、長く続ければまたいつか
募集させて頂けることもあるかもです。
そんなときには、ぜひ❤
よろしければ また覗いてみて下さい♪
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初心者で失礼があったらごめんなさい。
ずーっと読ませてもらっていてヨンのウンスへの愛の深さに引き込まれています。
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>snow1019snow1019777さん
おはようございます❤コメありがとうございます
おお、懐かしい話をヨンで頂きありがとうございます❤
失礼なんてとんでもないです!
またヨンで頂ければ嬉しいです(*v.v)。
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コメントしたくなり、公開されて随分経つのにこちらで失礼します。
太王四神記、好きで何度も見ました。
テーマ別に読ませていただいてまして、こちらを読む前に、この年の11月に公開された紅蓮・序9をよみ、ホゲ率いる後燕軍と対峙した、タムドクの勇姿と重なりました。ヨン、カッコイイ♪。大将の在るべき姿。
監督さん、撮影所が同じで、役者さんも…火手引は反則です‼︎チョロ、素敵でした~。鍛冶屋⁉︎もしや…チェ尚宮⁉︎今後が楽しみです♡
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又々失礼します。携帯の時かなぁ?でもねぇ。テレビでシンイを、見て最終回の後が、気になり携帯の時に、検索したのよ。そしたら、まぁ何と!色んな人が、物語を、載せてるのが、分かり毎日が、楽しみにしてました。今もですけどね。