そうして医仙が皇宮に戻ってきた後の、珍しく穏やかな午後。
私は、典医寺の薬房で、薬を煎じていた。
最近の徳成府院君の尋常ならざる振る舞いの数々のお陰で、これから先、薬はいくらあっても足りなくなるだろう。
そんな嫌な予感を頭の隅に抱きながら。
医仙を手放し、隊長の計略にかかって大きな財源をも失った徳成府院君。
次の手に隠匿生活を送っていた王様の他の唯一の生存者の王族、徳興君を担ごうとしている。
先日医仙と共に徳興君を見かけた瞬間、私の胸にはとてつもない不快感が沸いた。
何なのだ、これは。
徳成府院君の腹心、良師と共にいるところ、一言二言交わしただけだが。
思わず共にいた医仙を己の背に回し、庇うように前へ出る体を止める事ができない。
毒使いの良師と共にいるからなのか。
それとも、この徳興君がもともと持つものか。
徳興君のその体から、毒気が立ち上るようで、とても医仙に近づける気になれなかった。
今や徳興君を抱き込んだ府院君や取り巻きが我が物顔で出入りする皇宮。
もはや王様、王妃媽媽にとって安全な場所とは言えない。
医仙も隊長も迂達赤も、私たちもみな振り回されている。
状況打破の為の、大きな波が必要だ。
さもなくばこの不気味な閉塞感に、みなの神経の方が先に参ってしまいそうだった。
薬を煎じる手を止め、深く息を吐く。
その時ふと扉に人の気配を感じ、私は顔を上げた。
隊長がそれを開いて、入ってくる所だった。
「丁度良い。茶を一杯、つきあってくれますか」
「そ・・・」
そんな時間はない、とでも言いたかったのだろう。
しかし思い直したか、暫しの後、隊長はその顎先でほんのかすかに頷いた。
私が淹れた茶を飲みながら、隊長がふと窓の外、典医寺の庭に目を遣る。
見えない何かを追うように。
「ここにいる医仙を見た事など、ほとんどないでしょう」
隊長は珍しく、音を立てて茶碗を卓に置く。
「侍医」
とだけ言う隊長の体から、怒気が発せられる。
相変わらず、無口なくせに、短気な方だ。
「隊長。後悔をされぬように」
私は怒気を発する隊長を制し、静かにそう告げた。
あの時、私が先にあの方にこう言っていれば。
貴方の、全てを知りたい。
私を赦して、側に置いては下さいませんか。
余計な事など一切考えず、隊長の瞳に気付くより先に口に出していれば、また違う道があったのか。
六花のように一瞬だけ、この腕の中に舞い降りてきたあの方。
腕の中にそのまま、繋ぎとめる事が出来たのだろうか。
私が自身の心に目を向ける前に、何かを言う前に、儚く溶けて消えてしまったあの方を。
酔った医仙の告白を聞いた後の今となっては、全てが後の祭りだ。
隊長と医仙の二つの定めが、しっかりと結びついたこの期に及んでは。
ただひたすらに、お二人の道が安寧である事を願う。
今の医仙の心の痛みが、わが事のように分かるからこそ。
今のあの方はもう、天の国よりいらした時とは違う。
自分の傷よりも、相手を癒すことを望んでいる。
だから話しているのだ、あの方はいつも。
笑っているのだ、ご自分を励ますために。
己の律し方はそれぞれだ。
私の様に、黙して語らぬ者もあり。
隊長の様に、心のみに従う者もあり。
医仙の様に、前向きに動こうとする方もある。
私と隊長はどこか似ていると思っていた。
そして今、私たちの間には、あの方がいる。
私たち二人とよく似た、けれども何処かが違う、いつも決して目の離せないあの方が。
戦っている。命に面して、それを喪うことを畏れている。
祈っている。常に強くありたいと、己を鼓舞している。
守っている。己の力で、相手を救いたいと望んでいる。
そんな医仙が本当に舞い降りて泣きたいその場所は、私の腕の中ではなかったはずだ。
あの方は今、きっと隊長に言いたいのだ。そして、隊長も。
貴方の、全てを知りたい。
私を赦して、側に置いては下さいませんか。
あの方はご自身で、懸命に、打ち消しているのだ。
あの怖がりな方がいつか、そう言える日が来るのだろうか。
明るい笑顔さえすっかり翳り、形を潜めている。
あの方の朗らかな笑い声を最後に聞いたのが何時だったかすら、はっきりと思い出せないほどだ。
今となっては、医仙がもう一度心から笑える事のみを祈ろう。
私にできる事があれば、何であれお力を貸そう。
医仙。
あなたの陽の気こそ、今もっとも必要なもの。
閉じこもっていないで、出て来ねばなりません。
その為の大槌を振るうのが私の役目なら、喜んでそうしましょう。
あなたの壁を打ちこわし、そこから引き摺り出してあげます。
太陽の下で、もう一度太陽のように笑うために。
笑いなさい。あの頃のように。
怒りなさい。そう思った時に。
泣きなさい。医仙の泣きたい腕の中で。
辛いなら、そう言えば良い。
私と差し向かいで茶を飲みながら、目があなたを探し、心だけが彷徨っているこの人は、それを待っている。
この人は、あなたの心の痛みが分かる人です。
怖がらずに、あなたらしく、お伝えすれば良い。
「侍医も、損な性分だ」
隊長が再び茶碗を手に取り、ぼそりと呟く。
「・・・お互い様です」
私は懐より取り出した扇子をすらりと開き、口許に当てると苦笑を隠して返した。
【 六花 ~ Fin ~】

【六花】終了です。
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儚く溶けた?それとも溶かした?恋慕の情と六花がシンクロしているのですね
確かに男性相手に過去の恋愛話なんてしていいの?とこちらが思うほどウンスはチャン先生を意識していなかったですね
最初からウンスの眼にはヨンしか映っていなかったのでしょう
さらんさんの文章力に感服です、ためいき出ちゃいます
ありがとうございました
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文中の無口なのに短気な方のフレーズが嵌まっててうんうんと思ってしまいました。
チャン侍医、心に整理をつけましたね。ドラマではあんな最後だったけど、小説の方はどうなるか改めて楽しみになりました♥
又覗きに来まぁすo(*≧∇≦)ノ
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事細かく描写して頂き、納得の内容でした。
多分、侍医は聡い方ですから自分の心は封印したのでしょう。
これから、次の章へどの様に繋がっていくのか、ドンドン楽しみが増してきます( ̄ー☆
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雨の朝です
心穏やかに『六花』読み終わりました
人の愛し方はそれぞれ違うもの
チャン先生のようにすべてを包み込んで見守る愛は、
失ってはじめて、その大きさに気付くのかも知れませんね
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ぅぅう~。こちらもせつない。
最後の二人の言葉少ない会話…かっこええです!
ドラマではあまりこの三角関係⁈が淡すぎてわからなかったんですが、こーゆーシーン見てみたかったので、うれしー(≧∇≦)です♫
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さらんさん、こんにちは☆
チャン侍医の語りは、回を増すごとに威力を発揮して切なくて切なくて胸が痛みます。
でも、切ないチャン侍医の話を聴いている風で、実はヨンの切なさがそれ以上に感じられると言う、なんとも嬉しい誤算が❤
ヨンとウンスの甘いシリーズにおとりませんよ!!
私の大好きな顎の場面も入れていただき、リアルにミノ氏の声、聴こえました❤
さらんさん、今回もさすがです。
もし、ヨンの語りのシリーズが有ったとしたら、どうにかなってしまうかも知れませんよ☆
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物語の動と静が行き交う素敵な作品が完結しました。
同じ女人に惹かれ、また互いの存在を認めあうヨンとチャン侍医
チャン侍医の物語なのに、ヨンの想いも浮き彫りにされる描き方が素敵です。
実は…一昨日、我が家に「相続者たち」のDVDが到着
でもなぜか「シンイ」ばかり観てる私…さらん嬢のせいよ(笑)
さて今晩も復習しなきゃ!
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>あみいさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
いえいえ、文章力ではなく、
ひとえに皆様の想像力に支えて頂いております。
チャン侍医にとって、ウンスオンニは六花。
積もるはずもない、季節外れの初雪だったのですね・・・
済みませぬ、チャン先生m(..)m
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>ののさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
ヨンと似ているチャン先生ならでは、
ウンスオンニを護ることでしょう・・・
的な前振りww
よろしければ また覗いてみて下さい♪
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>mayuさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
そうですね、賢く冷静だからこそ。
ただ、熱い男ですから・・・雪を溶かすほどw
秘めた熱さのまま、いろいろとw
よろしければ また覗いてみて下さい♪
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>つなかんさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
こちらは曇り空のままの夜です。
そうですね。チャン先生も言う通りそれぞれ。あまりに大きすぎると、人は見失ってしまうものが
多いかもしれません。
海や空に果てがないように。
自分が空の果だと思ったものが、実はただの
地平線であるように、チャン先生の想いは
ずっと続くのです。私のお話ではww
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>doraさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
かっこええですか?嬉しいです。
チャン先生は、これからも要所要所を締めに
出てきます・・・ww
だってかっこええから❤(〃∇〃)
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>夢夢さん
こんばんは❤コメありがとうございます。
ふふふ、声&喉仏&顎で語るヨンア。
話してくれないので、体で語らせますww
声が聞こえるならば、それが何よりの宝もの。
嬉しいです❤
ええ、もちろんヨン語りもありますとも。
甘い夜ではなく。
だから焦っているというのもあります。
早く話させなくては!と。
よろしければ また覗いてみて下さい♪
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>まあもさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
「相続者たち」ですか?
それは、ぜひ観てあげねば!
そしてまあもさんは、相続者の二次を・・・!!
❤イヤン(〃∇〃)ステキ❤
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チャン侍医の気持ちが切ないですね
チャン侍医が先に告白していれば、違う展開になったのでしょうか?
こちらのチャン侍医は、死んでしまうのでしょうか
生きていて欲しいです (T_T)
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>ミルクさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
最新章の雪割草でも書いていますが
うちのチャン侍医は、亡くなります。
それでも、あの終わりはあまりになので
納得出来る形で、いつか書きたいなと思いますが。
侍医だけでなくトルベにしてもチュソクにしても
やはり、葛藤します。大好きな分。
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チャン侍医、切ないですね (T ^ T)
静かに己れと周りを分析しようとしてしまう辺りが、損な性格ですが、それが彼ですね(笑)ドラマでは残念な事に中途半端に終ってしまいましたが、きっと原作者さまも、もっと彼にスポットを当てたかったハズ。そして、六花の彼のような葛藤を描きたかったのでは?私的には、さらんさんの六花、大満足でした!チャン侍医については、やっと消化できた感じです!
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>ノエルさん
おはようございます❤コメありがとうございます
懐かしき六花。読んで頂けて嬉しいです。
ええ、実はこの六花だけではあまりにあっさりしているので
本編に目途がつけば、侍医と隊長の出会いの頃も
書いて上げたいと思っています。
単に、チャン御医が好きなだけ❤ということもありますがww
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チャン侍医らしい…と、いう感じします。(ノ∀\*)キャ
ありがとうございます。
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>7815199-unsuさん
こんばんは❤コメありがとうございます
この終わり方は、まだチャン侍医が亡くなったことを
自分で消化しきれず、こういうふうにしたことを思い出します。
今は何度も想像し、いろいろな角度から妄想し、
最後のシーンまで既に練り終えたので言える事ですが・・・
【三乃巻】でのUP時は、きっとまた涙すると思います。
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>さらんさん
私も、ハィ?Σ( ̄。 ̄ノ)ノなんでここで死んじゃうのぉーと思いました。目を負傷されたんですよね。本当に、俳優復帰できるコトを、切に祈ります( ˘•ω•˘ )
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>7815199-unsuさん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうなんですよね・・・イ・フィリップ氏のあの
如何にも整形拒んでますの体のナチュラルな
アジア系の目が好きなのに・・・
撮影には関係ないところでの負傷だったと聞きますが、
その後全く出ていらっしゃらないのが心配&悲しい。
もう2年ですから・・・
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すみません。韓ドラには詳しくないので、教えてください。
ブログ村のポチ画像どなたですか?
最近シンイにはまりこちらに日参しております。
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>ライさん
こんばんは❤コメありがとうございます
このぽち画は、チャン侍医役の「イ・フィリップ」氏です。
全然感じが違いますが・・・w
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初めてコメントさせていただきます!
このブログを見つけてもう夢中にどハマりしてしまっています!!アメーバも登録してアメンバー申請をしたいと思っていましたが、今募集していないとのことで。。
今後アメンバー募集をしますでしょうか?
アメーバ初心者でどこにコメントすればよいのか分からずここにコメントさせてもらいました。
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>フカにゃんさん
こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
懐かしいお話へのコメ、ありがとうございます❤
アメンバー様申請も、帰国して時間が出来次第
出来るだけ早く、受付したいと思います。
その時は、ページ上で、必ずお知らせしますね❤
その時はぜひぜひ、お待ちしております(*v.v)。