碇草 | 参

 

 

最後まで追いかけて来る視線を避けて。
最後まで耳の奥に残る声を振り切って。
門へと駆け寄る俺を認め、コムが驚いたように声を上げる。
「ヨンさん」
「出る」
それだけ残し走り去る俺には、コムの返答の声すら届かない。

大路を駆け抜け裏道へと回り、最も近い道を取る。
足元の深い根雪が邪魔臭い。
師叔。余程の理由が無い限りこの責負ってもらう。

いつもならば酒楼へ回る処を通り抜け、隠れ家の門を思い切り振り上げた脚で蹴り開け、大股で中に入りこむ。
「師叔!!」
肚の底からの怒号に驚いたか、師叔とマンボが奥から走り出る。

「何だい何だい、人の家の訪ね方も知らないのか!
天女を嫁取りした大護軍ともなると、いい度胸だね!!」
マンボが乱暴な訪いに詰り声を張り上げる。
並んだ師叔が心底驚いたように
「ヨンアお前、天女に薬湯もらわなかったのか。飲んだら今頃こんな処で油売ってる余裕なんぞねえだろう」
酒で焼けた赤ら顔の眼を瞠り、俺を見咎めて言った。

やはりか。語るに落ちるとはこの事だ。
必死で肚内の気を整えながら、暢気なその師叔へ大きく詰め寄る。
「何だよ、おっかねえ顔しやがって」
師叔の酒臭い息をはっきりと嗅ぐ距離まで。

「あの方に何を渡した」
俺の問いに師叔はにやりと笑う。その顔にすら腹が立つ。
「碇草と紅参だよ。精のつくもんと言われたからな。お前、疲れてるんだってな?
娶ったばかりの天女に寂しい思いさせちゃ天罰が下るぞ。何しろ相手は天女だからな。今晩くらいは頑張れよ」
と、訳知り顔で言った。

師叔、俺達の一体何を知っていると言うのだ。
確かに疲れてはいた。面倒な報告を読み漁り、兵たちの鍛錬をつけ。
王様の守りに就き、空いた時間に王様へ状況のお伝えをし。
預かりの身になっている双城総管府からの兵達の身の振り方を計じ。
遠くない次の戦に備え、成すべき事は山ほどにあった。
だからと言って閨の睦事まで心配をされる覚えなど全く無い。

「紅参だけで良か」
俺の抗議の声は続くマンボの嬌声でかき消された。
「碇草か!あれは羊が食べても子ができるんだよヨンア!新婚だってのに次はもう子作りかい、重慶だね。
それなら早く帰っておやりよ、こんなとこで怒鳴ってる場合じゃないだろう!!」
ひとまずはこの逆鱗の理由が分かったか、マンボは頷き酒楼の方へと振り返りもせずに歩いて消えた。

・・・・・・何をか言わんやだ。
この二人にかかれば、俺の抗議など何の役にも立たん。

「薬効はどれくらいで切れる」
「せいぜい一晩だな」
未だに其処へ残る師叔は、ふんぞり返って頷いた。
「今晩、泊めてくれ」
「おいおい、冗談じゃねえよ。とっとと天女のとこに帰んな。何の為にわざわざ飲ませたと思ってんだよ」
そう言って酒臭い息で豪快に笑うと、師叔は俺の背中を思い切り分厚い掌で叩く。

そして庭の隅、駆け込んだ俺の剣幕に驚いているシウルたちに
「お前らとっととヨンアを追い出せ。今夜はこいつが戻って来ても、家に追い返せよ」
「師叔!」
「そうだヨンア、おめえ間違っても妓楼やらどこやら、女っ気のあるとこに近寄んじゃねえぞ、今夜はな」
「待て!」

止める声も聞かず最後に高笑いしながら、師叔は奥に戻って行った。

去っていく師叔の背。仁王立ちし背を睨みつける俺。
シウルたちの眼がその二つ身の間を泳ぐ。
腹立たしいあの高笑いが、宵の帳に飲まれて消える。

ようやく意を決したようシウルとチホが顔を見合わせ、雪の石畳を恐る恐る一歩踏み出す。
「・・・あのさ、旦那」
其処で向けた俺の睨みに、その足も声もぴたりと止まる。

師叔たちの去った後の雪闇は、全てを呑みこむような静けさだ。

「・・・ヨンの旦那ぁ、帰んなよぉ」
シウルがそれでも、ひとまずは遠巻きにほんの小さく声を掛ける。
「そうだぞー、天女が心配してるぞー」
チホが消え入りそうに細い声で付け加える。

帰れるか、馬鹿野郎。
怒鳴りつけたい気を宥め、一先ず深く息を吐く。
調息は出来ずとも一晩。乗り切ればまた逢える。

その時足元の根雪を踏みしめて寄る微かな足音に振り返る。
「ここまで寄ってやっと気づくとはな」
「薬のせいだ」
「良いではないか、ヨンア」
纏う墨染衣が、周囲の闇に溶け込むようだ。
雪の中に佇むヒドが、可笑しそうに肩を揺らして呟いた。
「何が、どう良いんだ」
ヒドに向けて怒鳴ると、奴の半眼が愉快気に俺を見つめる。
「薬を盛られるくらいせねば、どうせお主とあの女人では、夜通し惚れただの愛しいだのばかりであろう。
女を知らぬ小僧でもあるまいに」

どいつもこいつも、好き勝手にほざき放題だ。
ヒドの声に首を振ると踵を返し門へと向かう。
「帰るのかよ、旦那」
「ああ。さもなくばお前らをぶちのめしそうだ」
「戻ってくんなよ」
「誰が来るか」
「たまには勢いに任せてみろ、ヨンア」
「煩い!!」

最後にそうだけ残し、開いたままの門から飛び出る。

今宵一晩。薬を盛っておきながら、手裏房の助けは絶たれた。

まだ宵の口。舞い始めた風花の中に立ち、門の表で息を吐く。

 

 

 

 

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8 件のコメント

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    そ~だよ 
    ウンスが心配してるよ
    何が起きたか きっとわかってないから…
    も~ここは ヒドヒョンの言うとおり
    流れに任せて… (他人事 ( ´艸`))
    さ~さ~ ウンスが待ってるよ ♥

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    ヒドの気配にも気付かないとは、ヨンも相当薬の効果が強いみたいですね♩
    たまには理性を吹き飛ばし周りが何も見えないくらい情熱的に勢い任せたヨンが見てみたいですね\(//∇//)\
    新婚ですからね(。-_-。)
    ヨン、諦めてウンスの元へ帰りましょうね❤️
    ウンスが心配して待っていますよ(o^^o)

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    さらんさん
    碇草の意味を調べて、なるほど~となりました!勉強になります⁉︎
    それは大変な事になりますね~。そのままの勢いだと、ウンスが…。どうするのかな~と、楽しみです。

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    ヨン可愛そう‥
    でも、笑っちゃいます(^^;
    もうこの際、ヒドヒョンのお言葉に
    従った方が良いかと~~(笑)
    で、ヨン屋敷に帰るの?
    さらんさん❤
    続きが待ち遠しいです(^^)

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    サラン…さん、体調はいかがですか?
    パシフィコからお近いようなので、移動の大変さは少ないと思いますが、ヨンではありませんが、それこそ強壮剤!?を飲み、体力を付けてお出かけくださいね!
    普段のサラン…さんなら、「碇草」の更新は簡単だと思います。でも、体調を考え、無理をしないでくださいね(・・・と言いながら、更新を楽しみにしています・・ゴメンナサイ)。
    サラン…さんがタイトルにしてくださらなかったら、あの可愛い碇草に、素敵な花言葉があり(ヨンとウンスにぴったり!)、エッ!とびっくりする薬草効能があることを、気付かずに過ごしてしまうところでした。
    この後ヨンは、どうするのか、すご~く楽しみです(サラン…さんを心配しながら、更新を期待し、本当にゴメンナサイ・・)。
    明日、同じ空間で(お顔が分からないので)お会いできることを、楽しみにしています。
    ~ヨンのファン、ミノくんのペン、サラン…さんの愛読者より~

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    さらんさん
    体調はどうですか?
    以前のヨンとさらんさんの会話を思いだし
    笑っちゃいましたよ。
    さらんさんヨンに意地悪だねぇ♪
    体調の悪さをぶつけてたりして(*≧艸≦)
    違うか?
    それとも予定通りのお話なのかな?
    でもヨンが困ってる話
    大好きですわ(* ̄∇ ̄*)
    ヨンファイティン(^^)/

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    さらんさん♥
    今日は凍えるような寒い一日ですが、さらんさんとこのヨンは火傷しそうなくらい 相当カッカ来てますね((゚m゚;)。
    そして……なんということでしょう!
    タイトルの「碇草」には、すごい効能があるのですね|д゚)。
    思わずMy Chuhongに乗って調べに行きましたが、なんと!「淫羊霍(いんようかく)」という御目出度い?名前も出てきました。
    淫羊霍の名前の由来は、雄の羊がこれを食すと1日に百回交配するという逸話から…だとか。
    (こ、こんなに食いついてる私って…(//・_・//))
    ひゃあ~!
    ヨンったら とんでも無いものを飲んじゃいましたね。
    へへへ(///∇//)
    この事実をウンスが知ったら……。
    ヨンには申し訳ないですが、読み手の私たちはハラハラドキドキしつつも「どうなる?」「どうする?」と興味津々です♥
    さらんさん。
    私、休日勤務でヘトヘトのはずなのに、さらんさんのお話でエネルギー補給させて頂いているせいか、ストレスフリーです。
    ありがとうございます♥

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    「たまには勢いに任せてみろ、ヨンア」
    その通り‼︎ さすがヒド、良いアドバイスだわ。
    でもヨンの困った状況、おもしろがってるよね( ̄∀ ̄)
    ヨンのストイック過ぎるジタバタ‥本人が真面目なだけに‥
    私も‥くくっ(/ω\)

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