碇草 | 壱

 

 

【 碇草  】

 

 

タウンさんと並んで歩く真冬の開京の城下町。降ったばかりの雪に、朝の光がきらきら反射する。

すごくきれいだけど、猛烈に寒い。こうしてタウンさんと並んで歩くとよく分かる。
冬の間はあの人がいつも、必ず風上に立っててくれること。
あの大きな背で必ず風上で、北風から守ってくれる。あの大きな手でこの手を強く握って温めてくれてる。

そんなところに気が付くたびに、どんどん好きになる。
結婚しても、奥さんって呼ばれるようになっても。
毎晩胸元に擦り寄って、冷たい鼻を暖めて、その腕に包まれてやっと大きく息をする。
ここにいてくれる。あなたはここにいる。
ここが私の居場所。1日の終わりにようやく帰って来られた。やっとあなたにまた逢えた。

爪先が凍るような寒さに、思わず歩くスピードが上がる。
「ウンスさま」
私の早足に、タウンさんが心配そうに声を掛けた。
「雪が降ったばかりです。折角の久々のお休みですし、無理せず今日はもう御邸に」
「うーん、でもね。今日は実は」

そうなのよね。典医寺で済むなら楽だった。何しろ職場だし、トギもキム先生もいてくれるし。
だけどあの人に怒られるのが分かってるから出来なかったのよ。
だからわざわざオフまで勝ち取って、こうして外に出たんだし。

薬草の事ではまだまだ知らない事が多すぎる。自分で適当に調薬するわけにもいかない。
自分が飲むんならならともかく、あの人に飲ませたいんだもの。
私はタウンさんと一緒に、お目当ての店へと先を急ぐ。

 

*****

 

「師叔、おはようございます。生薬が欲しいんですけど」

雪の積もった店先から、珍しい別嬪の客が声を掛けた。
「おお、どうした天女。何に使うんだ」
「うーん」

店先に立った天女は暫くの間、迷うように頬を撫でたり、顎に手を当てて考え込んでいる。
「薬草なら典医寺でいいじゃねえか。そっちのがずっと詳しいだろう。何だって俺のところで買おうなんて思うんだ」
「普通の治療なら、典医寺の処方でいいんですけど・・・」
天女は顎から手を離すと、今度は店先にぶら下げた薬袋を一つずつ指先で触り始めた。

「はっきりした病状が出てるわけじゃないし。ただ疲れて怠そうなんです。脈診の限り、腎力や胆力は落ちてないんですけど。
精のつくような生薬ってありますか?典医寺の処方薬を渡したら、職権濫用だって怒りそうだし」

ははあ、ヨンアだな。
「どっか心配なわけじゃないんだな。汗やら眩暈やら、耳鳴りやら」
「そういうのはないんです。筋力が落ちたとか、浮腫んだとかもないし」
「ただ疲れてて怠そうか。寝付きや寝起きはどうだ?」
「寝付きは・・・」
天女が顔を赤くして首を振る。そりゃあそうだ、新婚だしな。

新婚だしな。
・・・・・・新婚で、精を付けたいのか。怠そうで、疲れてるヨンアに。よしよし、そういう事か。
「天女、薬が欲しいわけじゃねえんだな」
「ええ、ただサプ・・・えーと、紅参みたいに栄養補給が出来れば」

よし、決まりだ。俺は膝を打って立ち上がった。
「よく効くのがあるぞ。ちょっと待ってな」

 

*****

 

「ヨンさん」
珍しく暇を取ったあの方の待つ宅の門。
コムが声を掛け、大きな手にチュホンの手綱を受ける。
「あの方は」
鞍から飛び降りた俺に、優しい目が頷いた。
「昼のうち、お出掛けに」
「場所は」
「タウンが従いて行きました。手裏房の薬屋だったと」

その声を背に、玄関へと雪の庭を抜ける。
こうして半日離れているだけで逢いたい。
朝共に出仕しないだけで。帰りの途に並ばないだけで。

「お帰りなさい!」
宅の玄関で珍しく、タウンではなく出迎える明るい声。
「大丈夫?」
そう言って眸を覗き込むあなたの視線。
額へ頬へ、そして頸から手首へ伝う指。
こうしてまた逢えた。その触れ合いに、ようやくゆるりと心が解ける。
離れて行く指先を惜しみながら
「今日は何を」

暫しの寛ぎの時間、玄関先から廊下を歩きつつ尋ねる。
「今日、師叔のところで薬草を買ったの。あなた最近疲れてるし、精を付けてもらおうと思って。
疲れが取れるといいけどなあ」

そう言いつつ居間に入ったこの方は厨の奥へ一旦引っ込み、薬湯の器らしきものを持ってすぐに戻って来た。
居間の卓へと乗せられた器を眺め、首を傾げる。
確かにこの息を、脈を誰よりも知る方だ。見立てを疑う事は無い。
しかし何処が悪いと感じた事も無いのに、薬湯か。
「俺はどこも」
「分かってる。体が悪いとか、何か病気がってわけじゃないの。ただ」
この方の細い指が、心配そうにこの顔をなぞる。

「こーんなに隈がひどいし、ちょっと痩せたわね。忙しいんでしょ」
「面倒を片付けているので」
「婚儀でだいぶ休んじゃったものね」
申し訳なさそうに落とす小さな肩に、慌てて声を上げる。
「俺が判ずべき報告が溜まっただけです。都巡慰使や郡守などから」
その声にようやく上がった顔、もう一度浮かぶ笑みを見、胸を撫で下ろす。

体が悪いと感じた事はない。
ただその瞳が不安げに曇り、その唇が淋しげに尖れば心が痛い。
其方の方が余程重症だ。

「分かった。さ、これ飲んでね。飲んで四半刻したらご飯にしましょ」
この方に渡された煎じ薬の器を一息に流し込む。
飲んであなたが笑うなら、何であろうと干してやる。

卓の上へと戻した空の器を確かめ、この方が満足気に頷いた。

 

*****

 

薬湯を干した後の寝屋での着替え。
この方は俺の前に回り、上衣の胸の袷紐を縛りながら息をつく。
「さっき言ってた報告って」
「地方のものです。北と南と」
「そう・・・覚悟はしてたけど、何にもしてあげられない。こうやって薬湯を出すくらいね。少しは助けられたらいいのに」

結んだ胸紐の先を細い指で整えながら俯く亜麻色の髪を、今度はこの武骨な指先が撫でる番だ。
「此処に」
あなたが胸元から顔を上げる。
この手の届く処に、三歩の距離に。
「居ってさえ下されば、それだけで」

そんな小さな言葉に心から嬉しげに微笑むその顔を見られれば。
朝陽の中で逢い夕陽の中で逢い、共に眠り、夢の中で逢えれば。
それ以上何も要らぬと、いつになれば俺のこの方は気づくのか。

 

 

 

 

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9 件のコメント

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    新婚生活編スタートですね❤
    『碇草』の花言葉に
    「君を離さない」と言う意味が
    ありました(^^)
    ヨンとウンスにぴったりの言葉です。
    さらんさん~
    お話再開ありがとうございます❤
     

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさま
    体調はいかがでしょうか・・・?
    無事にお出かけできるとよいのですが・・・。
    風上に立つヨン。言葉遣いの変わらないヨン。
    さらんさん家のヨンに心惹かれるトコロです。
    『俺のこの方』・・・大好きなヨンの言葉です❤
    碇草、植物図鑑で調べてみてあります。準備万端です!
    お話の続き、と~っても楽しみです。
    ゆっくり待ってます!体調が戻られるように、ご自愛くださいね。
    いつも素敵なお話をありがとうございます。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん調子は調えられましたか?
    ヨンも調子はよくないよう?
    いつまでも闇でウンスを
    見続けてるから目の下に隅(///∇///)
    ウンスったらヨンに精力つけたら
    また隅びとくなると思うぞ( ・∇・)
    ウンスがそばにいて笑ってくれれば
    ヨンがそれでよしなことは
    ウンスもなんとなく感じていそう。
    でもなにかしなくては歴史を知ってる
    ウンスは不安なのかも知れないな。
    ヨンが心を痛める要因をよくわかって
    いるから…と解釈したのですが…どうかしら?
    さらんさんイミノssiの中にヨンを
    感じることがデキルかなぁ?
    真がぶれないところは同じだけど
    わたしはミノくんにヨンは感じられないな。
    本人はキムタンに近いと言っていたし
    ヨンや~(*_*)
    ミノくんの演技力に完敗といったところかな。
    お話読めるのは嬉しいけど
    無理て倒れちゃ読者は悲しくなります。
    きちんとさん頑張りやさんは
    たまには放り投げましょう!
    (* ̄∇ ̄*)←この人はしょっちゅうダカラナニモノニモナレナイノヨ

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    体調は回復しましたか?
    今週末は凄い寒波が来るので、完全に回復するまで家でおとなし~くしてくださいね(^o^)/
    月曜日は、minoに逢えますよヾ(@⌒ー⌒@)ノ
    私は、minoと さらんさんに逢えますよーに*\(^o^)/*

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    さらんさん、良くなられたのですか?無理していませんか?新しい作品を読めるのはとても嬉しいですが・・・
    心配でもあります。
    私も、自分では大丈夫と思っていたら帯状疱疹とやらになってしまいました。
    さらんさん、ヨンの様に待ちますから、休みながらですよ!!
    無理はホントにダメです。
    私も少し休みます。

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    さらんさん♥
    お風邪の具合が心配な中、新しいシリーズをスタートして頂き、ありがとうございます。
    ああ、なんとGentlemanなヨン!
    不審者からも、冷たい風からも護ってくれるなんて…。
    そういえば、キチョル邸でもウンスが飲む前にお酒の毒見をしていましたし、さらんさんのところでも数限りない過保護振りを見せて頂いていましたね…♥
    相手のことを常に思い、考えているからこそ、ほんの少しの変化もわかるし、何をしてあげたらいいのかも気づくのでしょうね。
    毎夜、寝る間も惜しんでウンスを見つめ続けているヨンには、たしかに精力のつくサプリメントが必要かもしれません(#^^#)。
    ああ…私もさらんさんに体力回復の高麗人参でも煎じて差し上げたい(*v.v)。
    さらんさん♥
    寒い一日となりましたね。
    どうぞ、温かくしてお過ごしくださいね。

  • SECRET: 0
    PASS:
    お加減大丈夫ですか?
    無理せずに明日に備えてくださいね♩
    新婚生活、幸せに暮らしている様でこちらまで嬉しく思います(。-_-。)
    気づかない所でもウンスを気遣う優しいヨン。
    愛に溢れてますね❤️
    新婚さんですから旦那様もお疲れ?朝も昼も夜も休み無く働いてるんでしょうし❤️
    師淑の勘違い!ナイスです❤️
    私も25日ミノに会いに行きます! さらんさんが情報をくれたお陰です!
    さらんさんにもお会い出来たらなぁ…❤️

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