碇草 | 弐

 

 

おかしい。

異変に気付いたのはタウンと共に厨に並び夕餉の支度をする、あの方の後姿を眺めているときだった。

熱が出たかと最初は思った。やけに急に熱を帯びた体に。
あの方の気配を脇に、深く長く呼吸を整えようと試す。
そして驚きに眸を開く。

体の所為か、それとも心か。胸が早鐘のように鳴る。
まさか。何故だ。
この世で唯一人、生涯を共に、そして幾度でもと誓い合った方が。
他の誰が背を向けようと裏切ろうと、絶対にそんな事はせぬ方が。
そんな事が有り得る訳が無い。それでもそうとしか考えられん。

薬を、盛られた。

「イムジャ」
思わず鋭くあの方を呼んだ。
切迫した声音に驚いたように、小さな体が居間に駆けてくる。
「どうしたの?!顔が赤い」

駆け寄ったこの方が慌ててこの手首を取り、脈を計る。
そうだ。この方自身が盛ったなら、そんな泣きそうな瞳で見る訳が無い。
そんなにも震える指先で、汗を浮かべた掌で、必死に脈を探る筈が無い。
紅い唇を強く噛み、乱れる激しい息を整えるのに難儀する理由が無い。

しかしそれなら何だ。急に熱くなったこの体は。
眸を閉じ調息する事すら阻むこの肚の乱れは。

そして頸へと温かい手を移された時、触れられた細い指の感触に驚き、俺は思わず身を引いた。
「どうしたのヨンア?痛いの?!」
「・・・違う、そうではなく・・・」

畜生、何なのだ。薬。思い当たるのはあの薬湯だけだ。
だからと言ってこの方が俺に薬を盛る理由など何一つない。
何かが理由で盛ったならこれ程巧く嘘が吐ける方ではない。
己の肌に真直ぐ伝わるこの方の震えや汗は、真実のものだ。

薬、この方は何と言った。
この方とは違う理由で体を震わせながら、纏まらん頭で必死に思い返す。

「先程の薬は、確かに師叔のところで求めたのですね」
しかし師叔とて俺に一服盛るとは思えん。盛ったところで何の得も無い。
この方は何度も頷きながら、必死に言い募る。
「そうよ、あなたが疲れてるから、精の付く薬草が欲しいって。
でも病気じゃないからって言って、出してもらったの。
やっぱり怒られても典医寺でもらえば良かった。ヨンア、ねえ、大丈夫?」

・・・師叔。考えが読めた。
何を勘違いしているんだ!!
「出掛けます」

それ以上の声も無く居間の卓前から勢い良く立ち上がる。
この方は心配そうに、廊下を踏み抜く勢いで進む俺の後を小走りについてくる。
「どうしたの、どこに行くの?私も行く!!」
「タウナ」
張った声にタウンが居間から出て足早に従く。
「はい」
「この方を頼む」
「はい」

この声にそれ以上何も訊かず頷くタウンの脇、この方が大きく首を振る。
「いや、ダメ。行かせない。どうしたのか言って。教えて。言わないなら1人では行かせない。私も一緒に行く」
「いや、頼む。頼むから、此処に」
俺は細い肩に手を置き、どうにかこの方をその場で制した。
「何故?こんなに辛そうじゃないの!」
両足を踏ん張り何処へも行かせまいと言い募るこの方を、どう誤魔化すか。

その心はよく判る。逆であれば。
この方が明らかに様子がおかしいと判っていて、それでも出掛けると言い張れば。
必ず縋るだろう。怒鳴っても抱えても縛ってでも止めるだろう。
それでも共に居る事が出来ん。今は。
少なくともこの肚が落ち着くまでは。

辛い。確かに。この調子では、とてもではないが調息も出来ん。
今にも零れ落ちそうなその瞳に浮かぶ涙、苦し気に顰められるその眉。
噛み締めたままの紅い唇の俺のこの方を見れば、胸が痛んで堪らない。

しかしもっと恐ろしいのは。

胸が痛んで堪らぬ筈の潤んだ瞳に、顰めた眉に、噛んだ唇に、こんなにも欲を掻き立てられる己自身だ。

普通ではない。師叔の出した、精のつく薬。
締め上げてでも吐かせる。何を盛ったか、如何すれば落ち着くか。
その後でなければこの方に寄る事は出来ん。
何を仕出かすか判らぬ己自信が恐ろしい。こんな燃え滾った肚で。

「では」
声と同時にタウンの手が緩やかに、しかし逃さぬ意志を持つ兵の力加減で、的確にこの方を捕まえる。
「待って、ヨンア!」
「心配ございません、ウンスさま。ここでお待ちしましょう」
「だって」

この背の後で小さくなる二つの女人の声を其処へ置き、俺は玄関から冬の庭へと飛び出した。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    (/ω\) ぷ…
    ウンスは単に 元気が出るようになんだけどね
    師叔の出してくれたのは…ムフフ♥
    男の人にしてみれば… ムフフ♥の方なんでしょうね
    ウンスは??? でしょうけどね
    ヨン 文句言いに行くのかな?
    そのままでも いいのにね
    ウンスが余計に 心配しちゃうわ~ ( ´艸`)
    かわいいウンス!

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    さらんさん♥
    此度の新シリーズ「碇草」も、第一話からジェットコースターの頂点近くに居るようなワクワク&ドキドキが続きますね!!
    ああ…でも、しまった!
    やらかしちゃいましたよ、私…。
    第一話で「ヨンに精力剤を」と茶化したようなことをコメしちゃいました…。
    師叔とともに ヨンに謝らねばなりません…(iДi)。
    それにしても…どうやって治めるのでしょうか(//・_・//)。
    治めなくてもいいのではないでしょうか…。
    ああごめんなさい、うそです、うそです!
    どこぞの油ギッシュなおっさんではなく、ジェントルマン・ヨンなのですから、せめて調息ができるくらいに戻らないと…ね。
    さらんさん♥
    寒い寒い今夜に、ぽかぽか温かくなるお話をありがとうございます。
    ヨンの体は熱いようですが、私の心はぬくぬくといい感じです。
    さらんさんも 生ミノ、生ヨンとの逢瀬が控えておりますので、どうぞくれぐれもお大事にしてくださいね。

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    さらん様、
    悪いとは思いながら、笑っちゃいましたよー、さらん様(*≧∀≦*)
    師叔、やっちまいましたね(* ̄∇ ̄)ノ
    ヨンが無言で師叔に詰め寄る様子が見える気がします!!
    こういう流れって、ホント、さらん様らしくて好きなのじゃ~(//∇//)ぷぷぷっ。
    ♪も~うふたばんねーるーと、ミノさんにあえ~る~♪ですね!
    楽しんで来てください。ますます、男前のヨン、期待してます!
    せーら

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    あぁ~~(^_^;)
    ウンスの心遣いが、師叔の勘違いで
    大事になってしまいましたね。
    こういう場面での
    さらんさんのお話の描写が
    素敵で私は好きです❤

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    さらんさん
    碇草の効能がヨンの状態ですか?
    つい笑っちゃいました。
    精がつきすぎたのね♪
    さらんさんのイタズラなの?
    ほんとに飽きさせないお話の作り方
    凄いです。

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    精の付く薬かなりの効き目みたいですね。
    まさかウンスが薬を盛るとはそりゃ思わない。
    ただ単に心配心だったんだけど、師淑の勘違いがあらぬ方向に…
    師淑の所でブチ切れないといいけど(´Д` )
    薬を飲んだら最後火照った体を冷やすのはやはりウンスじゃなきゃダメなのかも\(//∇//)\

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